1995年04月 | ARCHIVE-SELECT | 1995年06月

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手助けは舞そのもの

手助けは 掛け橋であり

手助けは 詩と神話の展開である


真実なる零次元の 点と線の重なりの

記号が踊り 舞いはじめる

その詩と神話の働きは

手助けという行為によって 引き出され

展開される


手助けは 詩そのものであり

時間と空間は その手助けの

舞台である


舞台が その神話の展開を

展開たらしめるのである


しかし 手助けは 

手をかすことのみではない

手助けは 相手の人が 霊感的に

なるように 手助けすることである

それには自己が 霊感的でなければならない


どうしたら 舞そのものとなるのか

それは 点と線の重なりのその点にのみ

意識を集める

すると 霊感的人間になれる


舞や 夢や という言語に意識を集め

てはならない

それは知の世界 精神世界に入る


零の点に 意識を集めていると

知と言語の世界から離れて

舞そのもの 神話そのもの 

夢そのもの 手助けそのものとなる


結果を 結実をつくろうとするのでなく

自然にそうすることが そうなるのである

時間も空間も その時

舞台となる


意識を 人間生活から

精神世界から 

言語世界から 離して

純粋物理の世界

形而上学の世界の

零の点に 意識を集めよ


零と線の組み合わせの 意味づけの

世界に入ってはならない


偉大な手助け

真実な手助けは

自己が 自己そのもの

零の点そのものになる時に

あらわれる


言語王国は 知の王国を築いた

そこから 足を洗え

人間から 足を洗え

神からも 足を洗え

神も入ってこれない世界に入れ

存在事物も 入ってこれない世界に

入れ


1995.05.21.
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| 1995年 | 13:32 | TOP↑

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舞台が舞をひき出す

真実なる零と 記号としての線の交叉


そこに変化がおき 

その透明な角度によって 

神話が 神話として顔を出す


それが 時間と空間という夢を内蔵した

未来の中で 舞うのである


時間と空間は 舞の舞台である

人は常に その舞台に意識を

とどめねばならない


舞はそこからおき 神話は

そこから立ち上ってくる

真実と記号の発火点が

発火し 展開するのである


贈りものは そこで歌われ

開花するのである

手助けが 手助けとなるのは

その時であり その場である


零が 夢を引き出す

根源という夢を 未来という夢が

引き出すのである


太陽が紅の光 ウシャスによって

引き出されるように


1995.05.20.

| 1995年 | 14:19 | TOP↑

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言語王国があった

言葉でなく 言語の世界に入るな


言語は 人が神への信仰という

ものにとらわれ

宗教をも形成してしまったように

言語も 見えない内に

言語という世界 即ち王国を

つくっているのに 気付かなかった


その王国が 人間という生活を

つくっていて

寄生虫のように 巣くってしまった


我々人間は そんな言語の王国に

とらわれて

めくらになったのである


我々は 世界の構造の中に 生き

ねばならない


我々は 構造の人間そのものである

言語は人間そのものではないのだ


1995.05.19.

| 1995年 | 12:24 | TOP↑

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科学と詩のちがい

科学の世界と 詩の世界のちがいが 

わかった

それは ウシャスの詩からであった 


東天にのぼるウシャスが 

太陽を ひき出す 

これは アンリアルな考えである 


科学では 太陽が初めに上がる 

詩では 未来が現在をつくる 

そのちがいである 


詩の方は 形而上学的である 

科学の世界は 平面思考で 

現実的であり

詩の世界こそ 真に科学的な思考をしている 


未来が根源を 根源たらしめる 

詩はそこにあり 神話がそこに

あらわに姿を出して 見せてくれている 


それに人は気付かず 

平面思考のビッグバン宇宙である

宇宙は決して

ビッグバン流に 出来上がったものではない


雲が海上に出来上り 台風をつくり出すように 

真空宇宙は 海のようなものである

そこに渦が出来 物質が出来 

星雲が点在してくるのである


はじめも 終りもなく

宇宙は未来時間の中で 

変化しつづけているのである 

まさに 詩と神話の交響曲を演じている


学問は何を研究するのが 学問なので

あろうか

政治の中にも 国家の中にも 学問の中にも

生活の中にも

少しも詩が入っていなくて 

よいのだろうか


根源は 未来によって引き出され

根源も 根源でない歌いそのものの

はじまりである


はじめも 終りもなく それらは

歌いつづけるのである


1995.05.05.

| 1995年 | 20:05 | TOP↑

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