1996年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1996年04月

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精神文明は

精神文明は 今日まで

間違った社会を つくって来た

人体のコンピュータを壊し

間違った記号をそこに 打ち込んできた


自然人間が 知的人間になり

社会を 牢獄のようにしてきた


人は今や 書物ばかりに頼らず

書物人間から 自然を書物にする人間に

帰らねばならない


先ず 太陽と月と大地への礼拝から始めよ

壊れたコンピュータで

答を求め 結果を求め 

結論を出すことに 必死になるな


花は歌い 

鳥は透明な角度にそって飛ぶ

この世は 結論や答で

まとめ上げられるものではない


風だ 新しい風が必要だ

太陽から 月から 大地から 吹き寄せてくる

新しい風の匂いをかげ


星々のささやきに 耳をかたむけよ

船出するのだ


船出だ

風が吹く 東風が


1996.03.15.
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| 1996年 | 19:47 | TOP↑

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デカルト生誕四百年祭におもう

理論では 人間の頭のコンピュータは

動かない

だから人間は 今までの精神文明

だけでは

たいした変革が なされなかったのである


人間の頭のコンピュータを 動かせるのは

記号である

構図であり 構造である

構造が 運動のみなもとである


折り返し運動

この構図を 思いうかべよ

img001.jpg


この未来時間が 零から眼をさませた

可能性を

実現させるのである

創造が ここにおきるのである


零は あらゆるかたさをつぶし

詩と神話の やわらかいゆらぎ

不確定運動を おこさせる

これが宇宙の相である


理論でなしに 構造の世界に入れ

ヨハネ・ケプラが言った 幾何学の世界だ


そこになぜ宇宙があり 人間があるかが

とけてくる

デカルトが求めているものが

そこにあるのだ


1996.03.12.

| 1996年 | 23:13 | TOP↑

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精神文明のあやまち

自己とは 未来時間そのものである

創造から創造をくり返すのが 自己である

自己は 無限に物をつくる


呼吸は その一つの技術である

零をつくり 可能性をつくる

その可能性はいつも

未来時間に 引っぱられている


未来時間は 可能性をふるい立たせる

人間の意識が 宇宙呼吸と

ととのった時

無限の可能性の世界にすむ


詩と神話が そこにとび出す

零から 詩と神話が とび出してくる

それは 夜明けの太陽のように

曙の女神のささやきによって

ぱっちり 眼をひらいて 上ってくる


呼吸をととのえながら 上がってくる

この呼吸の中に 構造がある

この構造が 太陽をふるい立たせるのである


構造は 運動をつくり

運動は 構造に従う


構造のない所に 何物も存在しえない

構造が 精神をつくるのである


構造を考えないで 人類は精神文明という

あやまった 長い時代をすごしてきた


1996.03.12.

| 1996年 | 10:03 | TOP↑

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ハイデガーと詩作

この宇宙は 陰と陽によって

成り立っているという

しかし宇宙は それだけで 

動いているのではない


時間と空間は 二つがよって 

一対であるというが

そこに 意志が入らないと

一対とはいえない


ハイデッカーは言う

宇宙には 開きと閉ざしの

角度がある

閉ざしでは 何も動かないが

開きによって 物は動く


宇宙の相互作用は 

開きの構造によって

動き 変化し 進化している


ハイデッカーは 更に言いたい

この開きの角度は 原始意志であると


花がさき 鳥がうたい 

太陽があがる

対話という 言語を彼はそこに 

使っている


その対話の贈り物が

現象宇宙である

これが 一つの大きな芸術作品である


人はその贈り物を 懐に入れた時

それは 宝となり 賜物となる

その賜物は詩作となって

人のもとに帰ってくる


原始意志を 懐に入れたのである

詩作は人を 根源の近くに

住まわせる


根源を建設する者

宇宙秩序を 維持する者

原始の意志は


1996.03.02.

| 1996年 | 09:06 | TOP↑

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