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1996年12月 | ARCHIVE-SELECT | 1997年02月

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神話からの贈りもの

人間は自然から 現われた

神話の贈り物である


透明な角度をもった

透明そのものである

罪人でも なければ

罪悪にみちた悪人でもない


贈り物そのもの 贈られてきた者そのもの

透明にそれは 輝いている

邪心は 相対構図から現われる

相対構図が 悪い心を

おこさせるのである


心に オチャメを持っていないと

ついつい硬い考えや

他人をさばく考えや

不安がおきてくる


オチャメになると

考えがやわらぎ

運命をもかえてくれる

この統一構図の 頂点は

img007.jpg


すべてのものを 透明な幸せに

導いてくれる

そこから 幸せが創り出されて

くるのである


また

人の顔は 少しうわむき

視線は人々の上を こえてゆく


堂々と余裕のある

親しげなやわらかい

しかも透明で オチャメの態度が

現われてくる


おお 透明な角度をもつ者よ

神話からの贈り物よ

堂々と オチャメの顔を

ほころばして歩く


1997.01.24.
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| 1997年 | 13:13 | TOP↑

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宇宙構図が現われだした

宇宙構図が現われだした

img005.jpg



神話は 宇宙根源と

物質宇宙との 中間にあって

その両方にまたがっている


根源から 神話の世界が

おき

その神話の世界は 物質宇宙を

つくった


物質宇宙は 三角の構造を

もっている

創造 破壊 保持である


宇宙のもとには この構造がある

これは 幾何を意味している


天体のまわりにある

神々は 人間が考え出し

そこから神の霊が出来上がって

きたのである


宇宙のもとなるものには

神という名称も 

人間が考えるような力はない

宇宙のもとは 力や名称をこえている

img006.jpg

この三段になっている構造が

また一つの構造に

まとめ上げられる

それが これである

img007.jpg

この構図の頂点に 宇宙と社会と

人間を正す治癒力がある


そこでは 自我が消される

こまっしゃくれた知恵は 消される

神も 自我も 消えている

救うものと 救われる者が消えている

あちらも こちらも 私も あなたも

消えている


体内のコンピュータが 調子よく

動きだし 創造が起きる


創造を知る者は 創造者となると

インドのウパニシャドはいう

まさに この頂点を知る者のことである


1997.01.21.

| 1997年 | 21:52 | TOP↑

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神話がもつ自然治癒力

人には 善性 動性 慢性の

三種類の人間がいる

善性とは 善いこと 清いことを好み

仕事も 食べ物も 芸術化されてくる

動性とは 活発で よく動くが よく食べ

闘争的である

慢性とは なまけ者で くさった物でも

まずい物でも 腹一杯食べる

よく飲み よく食い しかも あまり働かない


また人は 他力的な人と 自力的な人と

禅的な人とがいる

私とあなた あなたと私

あちらと こちらと

こちらと あちらという

相対構図のなかに 生きている人は

この他力と自力の いずれかをとる



その他に 禅的な人がいて

その人は すべて一つであるという

統一構造の中に 生きる人である


他力と自力はいつも 悩みを内在している

統一的な人は 他とあらそわず

何があっても あわてず あせらず

おだやかで 透明で いつも幸せを胸に

もっている


しゃべったり どなったり 言いたい事を

言ったり 内らでおこっていたり

他人の悪口をいったり

これは 動性と慢性である


統一的な人は 合理の世界から

非合理の

神話の世界に入っている


その人の体内のコンピュータは

宇宙的に動き

正しく 清く 透明な行為と

言語をもっている


非合理の神話の 芸術的

意識は

自ずと自己を コントロールし

創造的である


この湧き上る 苦しい経済の中に

あっても

力強く立ち上り

天なる無邪気さを持って 弱気者を

助けてゆく


1997.01.14.

| 1997年 | 20:21 | TOP↑

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秘密者は

秘密者なる神話は

人間の林の中で

ドロンコの大人となって

遊び給う


聖なるものの中からは

神話は あらわれて

こないのである


聖なるものは 知性の考えだす

一つの部門である

ドロンコの大人は あらゆるものを

のみこんで 平気である


そこに 神話の真相をみよ


秘密者は あらゆるものの中に

かくれ給う

舞そのものが 大きく

ゆれている


1997.01.07.

| 1997年 | 09:44 | TOP↑

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神話学は科学である

仏陀は 母親のワキの下から

誕生したという

何とすばらしい 譬えであろうか


キリストも 聖なる母から

誕生したという

その譬えは 理性をはるかに越えている


そこに透明な 線と角度によって織られた

神話への入口の あることを

知らねばならない


幾何と意志が 一対になって存在して

いる世界

それが 神話の世界である

しかもそれが 宇宙存在の元なる

世界である


宇宙も人も そこから生まれ

その中で 存在している


透明なる構造の世界


透明なる幾何と 透明なる意志が

同時存在する世界

それが 神話の世界である


生命は そこから誕生し

人は 更に進化して

意志は オチャメの相へと

進化した


人は動き 知的な事を 考えるばかりでは 

進化した人とは 言えないのである

オチャメを持つ人こそ 本当に生きた

人といえるのである


かたぐるしい合理的な知識から

非合理の神話的な人間

透明でオチャメをもった 人間社会

これが 未来の宇宙と社会と人である



神話学は 新しい世界秩序の建設者

である


コスモス

コスモスという言語を この宇宙に

与えたのは

ピュタゴラスであった


コスモスとは「輝かしき秩序」という

意味である


大地の子等は この「輝かしき秩序」の

母なる

自然の透明なふところに

かえり いこわねばならない


1997.01.06.

| 1997年 | 19:49 | TOP↑

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羽毛の舞 1

羽毛の舞が見える 

羽毛の舞が見える


これは 白紙が天から

舞い下りてくる角度と同じだ


何の抵抗もなく

それは飛んでいる

透明な角度をもって

飛んでいる


それは オチャメと同じだ

宇宙の根源的な構造だ


それを見つめると

視線は人々や

ありふれた相対構図から出てくる

様々なものを超える


一人宇宙の真理につっ立つ

相があらわれる


羽毛の舞は自由そのもの

根源そのもの

オチャメそのもの


1997.01.01.

| 1997年 | 09:21 | TOP↑

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