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1997年02月 | ARCHIVE-SELECT | 1997年04月

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ヘールボップ彗星と光司の出現

ありがとう彗星よ ありがとう
何万年かに一度現れるその彗星を
何日間も見れたそのありがたさ ありがたさに満足いっぱい
人生の喜びは頂上に達した
そして他にも満足感でいっぱいである

光司がここまで大きくなってくれた 大学入学も決まった
これも私にとっては 彗星の出現のような出来事である
親のように 親として子供を育てる喜びを 
満喫させてくれてありがとう

ここで彼が我が家から去ろうとも もう満足でいっぱいである
よく親と子と 子と親の育ての中での喜びを与えてくれた
ありがとう

それと宇宙だ
彗星の現われと 光司の入学と同時に「原形相」が見つかった
これがまさしく天下一の何億年かに一度現れる星だ

光司も私にとって星なら 宇宙も私にとって子供のような
気がする
よくも私をここまで 求道の道で楽しませてくれた
子供なる宇宙の喜び

私の半生はこれで見事に終わった
72才の半生は喜びに満ちている

1997.03.31.
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| 1997年 | 21:48 | TOP↑

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言語は自然のために

人は地上で開拓するのでなく
それら自然と共に
それらの中で生きるのだ

自然をかき回してはならない
彼らの中にいるのだ

根源的形相が掛け橋である
その橋を渡ることが
語りかけの原形である

言語の原形でも それはある
言語は何のために来たのか
何のためにあるのかが分ってくる

事物と事物とが 
自然に存在するために
その語りかけが必要なのである
同居することが言語の役目である

自然に暴力をふるうことは
それに反する
暴力はその掛け橋を壊してしまう

1997.03.30.

| 1997年 | 13:30 | TOP↑

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彗星がつれて来たもの

白い紙が フワフワと
舞い降りて来る

オチャメ 羽毛は
根源的形相が初めに
現われとなったものであり
それが物質 即ち形ある
すべての事物を造った

すべての事物の基に
白紙の宇宙より 舞い降りる様と
羽毛と オチャメがあり
その元に 根源的形相がある

それは 眼に見えない
宇宙以前のものであるから
そして それは神話から
来たものである

この閃きは コメットと共に来た
彗星が連れて来た
時間と空間も 
その形相の所産である

その形相はいかにも 神々しいものである
透明なものである

1997.03.30.

| 1997年 | 13:22 | TOP↑

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原初の形が

形が分ってきてから
宇宙が丸裸にされて来た

言葉も 知も 何もかもが飛んでしまった

形即ち 次元かも知れないが
元の形が 始めにこの宇宙に来た
その原初の形が 現れた形を造っていった

言語 心情 霊 魂など
その形の後に来たものである
宇宙が 裸にされてしまった

マーケットの品物を 全て
戸外に放り出したようなものだ

我々は今日まで それ等品物の中にあって
云々して来た
何がどうなっているとか
何が必要だとか――

1997.03.29.

| 1997年 | 12:27 | TOP↑

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形相の発見

言語の掛け橋以外に 「形相」の掛け橋を見つける 

時間は 以前から見つかっているが
形相という真理なるものの現われがある
神話は言語と形相となって 
この世に来た

時間というものがあるから物質が存在しうる
そのように形相というものがあるから
物が存在しえるのである
物が物となり 形をもったものとなり得るのである

しかしその形相 即ち真理の
現われなる元なる形相は
祈りという真理を内蔵しているのではないか
祈りなる真理なるものが時間 形相をもち 
物質宇宙が創造されて来たようだ

そのもとに「祈り」という真理 真実なるものが
ひそんでいるように感じられてならない
言語もその形相から現れた一つのものである
もとは一つだ 「祈り」だ

言語が現われようが 知恵が現われようが
すべて「祈り」の変形したものである
それから 散りこぼれ 展開してきたものである

だから形相を土台とする人間形相 
人間存在そのものは
「祈り」の相をもたねばならない
「祈り」そのものの相が
現われて来なければならない

神々しい相とはこれだ 
全てに「祈り」を見る相でなければならない

1997.03.29.

| 1997年 | 00:52 | TOP↑

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