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1998年01月 | ARCHIVE-SELECT | 1998年03月

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詩人にかえれ

求道をやめなさい
太古には求道というものはなかった
ただ或る相(すがた)だけがあった

詩的 神話的な透明な相である
それはピンボケで透明で意味も 結果も 答もない
精たちと共に生きた
ただ 触れ合いだけがあった

子供は犬を見ても怖がらない
手を差し伸べて触ろうとする
触れ合いである
野にある小さい花を手折って 人に捧げようとする
これも触れ合いである

これは求道ではない
求道をやめて 存在する有の仲間となれ
すべてが互に呼吸し合って生きている
その躍動の中で生きよ

躍動はオチャメを押し出し
オチャメは躍動を押し出す
その相互関係の中にこそ舞がある
白紙の舞の構図がある

羽毛がフワリフワリ飛ぶ
これも白紙の舞の構図と同じだ

白紙の舞の構図は 有の世界に相互関係をつくる
構図が 創造と運動を立たしめる
構図なくしていくら頭で考えても 人は元の自分に帰れない

考えることをやめよ 感じる世界に入れ
太古の人はいつもそれでいた
詩人そのものだった

躍動 躍動 オチャメ オチャメ
白紙の舞の軽やかさ
透明と ピンボケと 答のない 意味のない
大きな世界に吸い込まれて立て

1998.02.28.
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| 1998年 | 11:35 | TOP↑

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構図の発見

人は知恵 知識によって助かるのではない
構図によって助かるのである
人の助かる構図はこの統一構図である

ただこんな構図が なぜ人を助けてくれるのか
これが 新しい科学である
二千年以降の人類は これによって助かってくる

今までは 精神的な教典が必要であった
しかし この構図が発見されたら最早それらの教典は 
古いものとなる

これからは 精神の世界ではない
コンピュータの時代である
これがコンピュータにかける記号である

今までの我々の頭は精神によって動かされてきたと思うだろう
しかし そうではない
次の構図によって 動いていたのである

この相対構図 構造は良くないものである 
それなのにそれによって 人間は今までつまらぬ時を 
過ごして来たのである
それが 約一万年間つづいた

しかし それより以前は統一構図をもっていたのである 
それがなぜ統一構図から 相対構図に変わったのか
それは 人間が言語を持ち始めたからである

「私とあなた」 「あちらとこちら」
人はそれによって 相対の世界に落ち込んだ

それ以前は私もあなたも あちらもこちらもなかった
すべてが自分であった
月 太陽 大地 空気 星々 山々 花々 水も 火も
何もかも自分そのものであった
人は魂の震えの中にいた 人は詩のかたまりであった

インドの始めに造られた言語 サンスクリットは
響き―― 魂と古里の響きに満ちていた
深い魂の深淵の前に いつも彼等は立っていた

彼等は沐浴した 野山を駆け回った
鳥 獣たちは 彼等の後に続いた

私とあなた あちらとこちらが出来てから
月 太陽 鳥 山と彼等はそれ等を呼ぶようになった
一つだったものが 二つに別れてしまったのである
霊感は消えてしまった 震えは消えてしまった
躍動も精気も消えてしまった

彼等は記号としての言葉と 記号としての自分と 
彼等との中で 苦をもって生きねばならなかった
人間の体内のコンピュータは狂ってしまった

狂った記号は 約一万年間彼等の体内を駆け巡り
彼等を苦しめた
そして彼等は死を怖れ 生を怖れ 神をこしらえ
救いを求め始めた

教師(司祭)と 信者と 教典と儀式が生まれた
宗教はそれである
そして 宇宙の真理とはこうであると言い始めた

相対の中にいる者は救いを求め 真理を探し始める
世はますます混乱に陥った

この混乱を鎮めるには 相対構図を失くさねばならない
相対構図を持っている以上 人は絶対に救われない

海を割って 人を救えるのは統一構図である
相対構図では海は割れない

1998.02.25.

| 1998年 | 10:26 | TOP↑

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白紙の舞

何も考えるな
ただ白紙の舞になれ
空中に白紙が舞い降りて来る

その角度 その柔らかさ
それが 宇宙根源のもつ角度であり
構図である

宇宙の奥は 精神ではない
角度だ 構図だ 構造だ
その舞い降りて来る白紙を想像せよ

何も考えずに その舞そのものとなれ

手を挙げて その白紙の舞いの降りて来る 
その動きを作って見よ

自己が自然に 
自己の許に帰って来る

1998.02.23.

| 1998年 | 17:26 | TOP↑

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