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2000年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2000年06月

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失われた朝

朝が来た 鳥たちがきれいな鳴き声で歌う
人は鳥たちも夜の明けるのに気づいて
歌っているのだと思っている

しかし鳥は 明るくなったから歌い始めるのでなく
太陽 月 地球のそれぞれの天体の動き 角度を察知して
歌い始めるのである
これは眼の見えない三宮麻由子さんが20才になった時
分かったことである

彼女もまた鋭敏な繊細な感性で 天体の動きが感じられる
さらにその神経は 人間の汚れた波動をも感知してしまう

暗くて静かな状態から――5時
朝になるとザワザワ……してくる――
人間の汚れた波動が まだ地上に入って来ていないところに
だんだんと人間の意識波動が その空気の中に入ってくる
それで朝が来たことが分かるという

朝というものは いつからこんなに汚れてしまったのか
朝とは暗闇が去り 光あふれ
希望に満ちる歓喜の時間ではなかったのか

人間は言語を作った
その言語を使うことにより人々は
宇宙的響きを失ったのである
そこから人間の意識は汚れ始めた

言語を作ると「あちら」と「こちら」
「わたし」と「あなた」という相対的な言語が作られてくる
そして人々は 相対の世界に落ち込んでしまい
「私のもの」という所有観念が起きて来た 
そこから損得の意識が生まれ
自己中心的な心が 展開し始めたのである

大自然と連鎖し 躍動していた自己は失われた
相対の世界に落ち込んでから 
宇宙的な響を失い 魂の翼を失ってしまったのである

小鳥でも天体の動きの躍動を 全身で感じて歌い始めるのに
今の人間は 原始の自然の意志を感じなくなった人間集団
天体の透明な開きの角度など 
全然感じなくなった人間集団になり切っているのである

太古の人々は全身で見 全身で聴く力をもっていた 
彼等はその感受性で宇宙と対話をしていた
そのような中で言語がつくられていった
しかしその言語というものの危険性に
気づいた人々がいたのである

彼らはそれを人々に警告しておかねばならないと思い立ち
人間の心がきれいな内に 多くの人々から詩を集め
その霊感の宇宙的響きを
未来の人々に伝える為に編纂されたのが
リグ・ヴェーダだったのである

これはいわゆる未来の人々の為の警告書なのである

2000.05.24.
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| 2000年 | 23:06 | TOP↑

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『鳥が教えてくれた空』に教えられたこと

三宮麻由子さんは4才で視力を失い 全盲となった

全盲なので 全身を眼とする 
感じることに意識が集中する
夜が明けて来るのも 
光が見えないから 全身で感じとっていく

彼女のエッセイ『鳥が教えてくれた空』という本に
次のような素晴らしい体験が書かれている

「二十年以上の時を超え 光が突然脳裏に蘇り
夜明けの実感という形で現われたのだ
空気は透き通り 人の臭いに染まる前の柔らかな光が
あたりに満ちている

(中略)私は夜がこうして明けていくことに
ひたすら感動した……
自然のサイクルが 光を引っ張ってくること
天体の自転が生物の躍動を呼び覚ますことに 
限りない美しさを覚えた……」

この体験の一言一言は大変貴重なものを 
我々に提供してくれている 
即ち私たちは朝 鳥が歌い始めるのは
太陽が昇って明るくなったので 鳥がよろこんで
歌いはじめるのだとそう思い込んでいる 

だが夜が明けて 明るくなったから鳥が
歌い始めるのではなくて
天体の自転が 生物の躍動を呼び覚まし 
鳥たちが歌い始めるのだということを彼女が体験したのだ 

これは彼女が 知識で自然を知ったとのではなく 
全身で自然の波動の命を知ったということである 
素晴らしいことである……

このように宇宙というものは 知識で捉える世界ではないのだ
感性の世界 味わい取る世界 割り切ることの出来ない世界 
そこに神話の世界がある

リグ・ヴェーダに暁光の女神ウシャスの詩をうたったものがある

太陽が昇ったので東の空が 紅に染まったのではなく
暁光の女神ウシャスが太陽を導き出して来る……

太古の人々はこのようにこういう素晴らしい捉え方を
することが出来たのであろう
ウシャス女神が 空を赤く染めて太陽を引っ張り出す

リグ・ヴェーダ時代の詩人は ウシャスが太陽を
引っ張ってくる様を感じ取れたのである
そして同じく三宮さんも リグヴェーダ当時の詩人と同じく
その波動を感じ 捉えることが出来た

表面的な眼の世界で生きていたのではなく 
天体の響きを感じる奥深い神経こそが 神話への鍵となるのだ

2000.05.23.

| 2000年 | 00:18 | TOP↑

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人間であることをやめよ

ニーチェの無意味の思想
これは大変な内容である

我々は意味のある世界に住んでいる
意味があるから正しいとする世界に住んでいる
それが 人の理性になってきた

そうして自分たちは神話性を失った間違った人生を
生きて来たのである
人間のこんな小さい頭で考えた理性など
とんでもないことである

この宇宙は理性で捉えられるほど 小さくはないのだ
この人間も理性で捉えられるほど 単純ではないのだ

あえて言えば 私たちは本当は人間ではないのである
自分たちは人間ではない…… 
ここから出発するのだ

これは言葉を大昔に人間が作ってからこうなった
様々なものに名が付けられ
人間という言葉が作られ
あなたと私 私のもの 損と得 善と悪がでてきた

世の中の人がクリアにいかなくなり
それを整えるために 宗教道徳の教えが生まれた
しかしその教えが さらに問題を増やしていっている

まず人間を捨てよ
捨ててしまわないと本当のものがやって来ない
思考する世界から離れよ
考えるといつまでも人間がある

人間が消えた時 どんなになるのであろうか
その時本当のものになる

本当のものとは物質である
我々は人間でなくて物質 物なのである

物である肉体が 思考を離れた肉体が
詩的感性を呼び覚ますのである
物に帰ると 宇宙に容易く参入出来るのだ

2000.05.22.

| 2000年 | 00:17 | TOP↑

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ニーチェの無意味の発見

ドイツの哲学者 ニーチェのニヒリズムの思想
つまり宇宙というものは 無意味であるという言葉
ここに偉大なニーチェの発見がある
これが分かると 自己の中に大きな変化がおきてくる

無意味とはどういうことか
それは意味づけされた世界を 宇宙を詩的感性によって
ぶち破ることなのだ

宇宙は意味づけされたものによって動いているのではない
いくら浅はかな知恵で理論を組み立てても
宇宙の実態というものは 人間の小さい頭ではわからない

自分たちの頭につまらない知識が一杯入っている
その知識 間違った考えが脳を動かしている

間違った考えというのは 意味づけた考えである
私たちがこれで脳を動かした結果 こんな世界が
生まれてしまったのである

無意味とはなにか
無意味そのものが神話である
意味のあるものは神話ではない

神話物語には意味あるロジックが入っている
ゆえに神話物語は神話ではない

神話というものを見つけるのは 非常に難しい
なぜなら自分たちの前には 
全て意味づけされた合理主義しかないからである
神話物語さえ合理主義に含まれる

では神話はどこにあるのか
それは小さい子供たちのいう言葉の中に
詩や神話が一杯入っている

合理の中で苦しむ大人は
子どもたちの言う言葉の中から 詩や神話をかいま見よ
そこに無意味なる神話が 音のない音楽のように
溢れているのを感じるだろう

2000.05.21.

| 2000年 | 00:15 | TOP↑

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