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2002年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2002年03月

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宇宙の調べ 生命のおたけび

高貴なる直線と 曲線の舞
宇宙の調べは
無知なる深淵と 清浄なる深淵と
角度なる深淵の 合唱をもって流れてゆく

高きから低きへ 水が流れ落ちるように
大きなどよめきをもって 流れてゆく

興奮と躍動は 生命を生み
震えるおたけびとなって 宇宙の全てを造り
全てを その流れの中に巻き込んでゆく

知恵や 知力はそこでは無用である
流れゆく形あるのみ

調べは無言であり
しかも どよめく咆え声である
形と咆え声が一つになっている

真理探究など 無用である
形に帰り 咆え声に帰れ
永遠に生きる生命のおたけびとなれ

2002.02.20.
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| 2002年 | 23:13 | TOP↑

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高貴なる線の世界

高貴なる線の世界がある
それは スローテンポの線である
直線が波長となって 舞いながらそれは行く

しかもそのスローテンポは オチャメの隠れ家
合理と非合理の関係をもちながら それはゆく
静かで高貴で 誰に知られずにそれはある

人は 波形は直線ではないという
アインシュタインはこの世には 直線はないのだという
なぜならこの宇宙は 球形だからという
しかしそこに 見落としているものがある
形而上学的に それらを見ていないからである

直線がなくて 曲線があったとする
その曲線には 円には直径があるように
曲線は円の一部である
故にその曲線には 見えない直径がある
そこに 直線と曲線に見えない遊戯がある

その遊戯を我がものとしよう
直線が踊って 曲線を創った
直線と曲線の遊戯の世界
悠々とそれらは無音で流れてゆく

見えない遊戯の世界
姿を隠して それらはゆく
常に自己をなくして それらは行く

おお 高貴なるものたちよ
スローテンポを隠れ家として
宇宙全体が流れてゆく

オチャメたちのささやき
声なき声が 音なき音が
静かに しかもどよめきながら
咆え音勇ましく 未来に向って流れてゆく

おお 直線と曲線の遊戯よ!!

2002.02.20.

| 2002年 | 20:58 | TOP↑

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政治と神話

神話は希望と安らぎと 空想力を養ってくれる元のものである
神話には 分け合う性質がある
ピンボケも連鎖も そこにはある

しかし統一は 神話の中にはない
連鎖と 統一とは違う
統合をしても 統一してはいけない
それは 神話性からずれ落ちる

マルクスは統合を 更に統一へともっていった
そこに失敗がある
統一は自由を束縛する

物理学でも統一場の理論を探しているが
宇宙には 統一というものはないのである
統合はあっても統一はない

毛沢東は統一を試み 文化革命をおこした
昔の文化をつぶして 近代化しようとした
いわゆる文化革命である
統一は自由を束縛し 神話ではない
孔子と老子の思想の違いもそこにある

革命とは何か
一定の枠に はめ込む事ではない
人間も 社会も殺してしまう
自由を失わせる事は 革命ではない

太古にあっては 彼らの心にある神話性が
個人と社会の秩序を保っている
即ち神話性が法律であった
その神話性が 人々の心から失われると
人工の法律が必要となってくる

生産が起きて来ると 分け合うという優しい心が
次第に失われて来る
これは神話性を 失った証である

メキシコ人たちが 兄弟 兄弟とよく言う
そこに彼等の栄光がある
ハンザの人々は隣の人の食糧まで作る
そこに神話がある

隣の人々の為にも作る
そういう生産でなければならない
生産と製造は違うと誰かが言ったが
製造も 生産でなければならない

作るのでなく 産み出すのである
親が子を養うように 製造と生産をするのである
そうでないと本当の希望と安らぎと 
空想力が湧いてこないのだ

親が物を作って 子供に売りつけるであろうか
製造も 生産もあくまで神の御手の許にあるのである
それらを私有してはならない

私有するものは 天との繋がりが切れる
すぐ滅んでしまうであろう
人は神から はずれてはならない
それは無法者である
現代の人々は 無法者の様相をもっている

産み出すこと 養うこと それを忘れて
物を 簡単に金銭取引に変えてしまう

天は地上の人々に 乳を与えている
森の幸 海の幸 等々と
その乳を人は 石ころに変えている
金銭取引という過程を通して

昔ローマに エジプトのイシス女神信仰が流行したのも
母親と 天の乳の偉大さを認識したからである
マリア女神信仰もそれである

分けるもの 与えるもの 自由に羽ばたかせるもの
しばりつけるものでなく 統一するのでなく
親は子を統合させて 見守っている

政治は 神話性をはぶいては成り立たないのだ
人工の法律が 次々と必要になってくる
犯罪者が減っただろうか
人の心が社会を造り 政治を造る

人は神話性を失うと 樹々や 生き物の悲鳴を聞く耳を失う
何でも自分の為に 金に変えようとする
金は人の後に来たものであり その金に人は使われている

イタリアのヴィーコは ナポリに生まれた
ヴィーコは法律や 数学にたけていた
そして見つけたものは太古の人々の中にあった神話性であった

神話が法律をつくった事を発見したのである
マルクスは そのヴィーコの影響をうけた
ところが政治家たちは統合即統一へと もっていった

分け合うことは 各自の自由である
自由を束縛する一定の形は神話ではない
神話はあくまで 舞そのものである
オチャメそのものである

生産 製造 芸術作品を金に変えてはならない
金に変えても それを乳に変えよ

人はいつも親である 
オチャメで 高貴なる乳を振り撒くものである

2002.02.12.

| 2002年 | 21:06 | TOP↑

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無知の深淵も 無意味の世界も時間のない世界

知は時間と共に起き 有る
知は 相対から生まれる

一元には知がない
そして そこには時間がない

平面は線によって織られ 
永遠に織りなされる
知の入るスキはない
瞬間の時間があるだけである

現象もそれについて
考えをはさまず
そのまま受けとめる 
それの連続である

コップはコップ
痛かったら 痛い
ただそれだけ
これらは 平面思考である

そこに 感性 知性 思考が入ると
平面が立体になる

2002.02.12.

| 2002年 | 05:53 | TOP↑

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高貴の形相は

高貴なる時間が
高貴なる線を描かす
そこに高貴なる形相が現れる

高貴というものは形であり
その形は 線によって織られている
その線は 何によって動き始めるのか

それは 高貴なる時間制によってである
その高貴なる時間制とは何か

それは刻一刻の瞬間である
瞬間と 永遠と 無限は
無知なる深淵と 清浄の深淵と
オチャメをもち
宇宙を動かしている

謎はかくして飛び跳ねる
謎は 舞となって
高貴なる時間の中に
宇宙を織りなす

刻一刻のスローテンポの中で

2002.02.11.

| 2002年 | 09:42 | TOP↑

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高貴

高貴は白雪を頂いた山々を見る時 そこにそれを感じる

しかし それは感性の世界での高貴である
それは花を見て 美しいと感じるのと同じ感性である

露が一滴 水中に落ちる
農夫が鍬を土に打ち込む
そこに高貴がある
鉄と鉄を溶接するその火花の中に
その技術者の溶接の作業の中に高貴がある

1があり 2があり 3がある そこに高貴がある
1+1が2になる
そこにも高貴がある

オチャメの輝きが そこに輝いている
高貴を感じ 優雅を感じ オチャメと舞をそこに感じる

線があり 点がある
それが踊り出す
その踊りは オチャメの踊り

平面が立方になり 立方が平面になり
線になり 点になり 時間が消える

無限が 永遠が 無と有がかくれんぼうをする
高貴はいたる所にある

2002.02.10.

| 2002年 | 09:19 | TOP↑

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オチャメの正体

オチャメは非合理の親分である
高貴ばかりでは 神話になれない

高貴とオチャメが同居すれば
神話になれる

しかも そのオチャメは
線と 角度の舞と 高貴とが
組み合わされて出来たものである

線と 角度の舞と 高貴と
オチャメの舞がこの宇宙である

無限なるもの 数が
その宇宙を運ぶ
言語もそこに 仲間入りして
飛び込んで来る

2002.02.10.

| 2002年 | 09:14 | TOP↑

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線と空想力

傾きは舞だ
舞は驚きだ
驚きは物の発生だ

光が斜めに走った
そこから創造が起きた

驚きは 発生の母であり
舞は 驚きの母であり
傾きは 舞の母である

オチャメなる線は
傾きの母である

おお 高貴で優雅なる
穢れなきものたちよ
宇宙は かくして立ち上り
かくして 舞い続け
あり続ける

生滅を繰り返しながら

2002.02.02.

| 2002年 | 12:56 | TOP↑

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