FC2ブログ

2002年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2002年06月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

光る落葉

闇も 光も 生命エネルギーも
永遠なる時間も
透明な 開きの角度の 
落とし子である

闇も 光も 生命エネルギーも
永遠なる時間も
透明な 開きの宇宙意志の前で 
お辞儀をする

闇も 光も 生命エネルギーも
永遠なる時間も
透明な 開きの角度の
宇宙意志の中に憩う

2002.05.29.
スポンサーサイト



| 2002年 | 11:27 | TOP↑

≫ EDIT

落葉

落葉が流れてゆく
水の流れに 落葉は流れてゆく
人間としてでなく 落葉として流れてゆく

物はゆく時間に吸いこまれて 流れてゆく
人間は 知的にぶつかって生きてゆく
合理知をもって 人間として流れてゆく
ぶつかり合いながら自力でゆく

落葉はゆく
水はそれを運ぶ
流れは落葉を 未来へと運ぶ
吸い込んでゆくのである
本性は 本性は裸の状態で露わになって流れてゆく

その本性は親切に 他の物と触れ合いながら
分け合いながらゆく
分け合いは親切となり 親切は分け合いとなる
その分け合う行為は 
本性そのものの行為である

人間の本性が出てくるのは この時である
人間をやめて落葉となった時である
物となった時である
ただの生き物となった時である
その時人は 全てのものと等しくなる

人間でいると 全ての物と離れた位置にいる
そこで何を考えても ろくな答えを得れない
答えを得れるのは 人間をやめた時である

その時 その時 その場 その場で
落葉は 優雅な姿を現わす

時の天使は彼を飲み込む
彼は飲み込まれて 流れてゆく
彼はもはや 落葉になってしまった

光も 栄誉も 知識も彼には不必要であった
物は 多くの物としての友達をもった

知力は止まってしまった
親切な 分け合う行為だけが残った
本性が 裸にされて来たのである

流れてゆく 
吸い込まれて それはゆく
それは落葉のようだ

現実直視から来たものは これだった

2002.05.09.

| 2002年 | 21:32 | TOP↑

≫ EDIT

現実直視

現実を直視せよといわれるが
現実直視をただ欲望の肯定にとると 
間違いをおこす

欲望の肯定は 知識を増長させることであり
それは人間を論理という檻の中に
固く閉じ込めてしまうものとなる

思考を停止せよ
思考を止めるとは 知識を止めることだ

人間には意識と知識がある
知識を止めると 意識が身体全体に広がる
それは宇宙のもつ普遍なる宇宙意識である

今の人間は 元々宿している宇宙意識が
知識にブロックされている
それが人をして詩や神話へ至る道を
塞いでしまっているのだ

宇宙意識だけになると 
存在する全てに感応し 震えてくる
霊感的になるのである

宇宙は意識のみの生き物であり 
知識を止めれば
人間も人間でなく 宇宙意識のみの存在物となる

普遍なるものとして 
安々と存在物の中に入ってゆけるのだ
その時人は 初めて自然物と同じ地平に立つのである

宇宙と供に共存する意識体としての
生き物となるのだ
では知識を止めるにはどうすべきなのか

吸い込まれるのである
水に流れる落ち葉のように 
半導体の空洞に吸い込まれよ
その空洞によって未来時間に吸い込まれるのである

踊りが出て来る
それは吸い込まれている状態 
踊ろうとするのでなく 
踊りが吸い込まれて出て来るのだ

落ち葉は流れのままにゆだねている
岩にぶつかったり 又流れたりしながらも
ついには大海に消えてゆくのだ

2002.05.09.

| 2002年 | 10:51 | TOP↑

| PAGE-SELECT |