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2003年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2003年08月

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前文化と天文化のちがい

前文化①
これを前文化という
即ち 前面を見るという事は相対意識から来る
それでは真理の中に入れない
img024.jpg
目も 顔も 意識も 天に向けなければならない
天文化とはこれである
こんな簡単な間違いをしている

これさえすれば 人間は神のようになれる

前文化は 欲人間を作る
人を 警戒する心を作る
知識で 自分を安心さそうという人間をつくる

天文化は人から離れ 天なる親(宇宙の心)と直結する

この角度が非平衡のこの
 
形 角度である

img025 - コピー
それは生命創造の角度であり 光を創る角度である

インドのリグ・ヴェーダにその事が書かれてある
光が斜めに走った そこから宇宙が創造されたと
              
この角度をもつこと
そうでないと人間は改善されない
img025.jpg
この首と 顔と 目と 顔と意識が宇宙に 
天に向っていなければ救われないのだ
それをしなければ いくら神信仰をしてもダメだ

天を向く事によって天とひっつき 自分が天人となる
天の天人たちと 遊戯することが出来る

78才に やっとこんな事が分った
角度が人を救ってくれる事を              
鍵は鍵穴を見つけねばならぬ
                         
2003.07.13.
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| 2003年 | 17:42 | TOP↑

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天上を思考する形人間となる


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人はこれまで 知力で前面思考をして来た
それを上方思考に変えよ
すると天が降りて来る
本当の知恵が降りて来る

意識で宇宙を捉えるのである
すると形人間が 更に形人間となれてくる

2003.07.12.

| 2003年 | 16:32 | TOP↑

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形があった

薄化粧している山があった
山裾を 広く拡げた山があった
彼は独立していた

自然にも 自己の知力にもたよらず
それはあった
形を整えているのである
これは考える自己の死でもあった

自然をも 書物をも 知力をも
自己から放して
形となるのである

整った形は神話である
それは礼拝する姿である
自己の形への礼拝である

その不動なる形は儀式である
不動となったのである

自己を不動とすること
それには貧相で いつも物事を考えていたのでは 
不動がやって来ない

自己を形の上から整えてゆけ
形こそ自己である

2003.07.08.

| 2003年 | 15:29 | TOP↑

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