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2004年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2004年05月

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足許と天を結べ

足許に歓びを感じる神経が通っている
足に意識を集めると震えて来る
人は足許に意識を集めることを忘れて 
頭ばかりに意識を集めた

だから本当の幸せがやってこなかったのである
知的になって そこから争いが起きて来た
そして 頭がカッカカッカ熱くなって
足が冷えてきたのである。

足は全細胞に霊的響きを伝え
宇宙という母胎と直結させる

頭文明でなく 足文明を創らねば
人は自己に巡り合う事が出来ないのである
いわゆるデカルトの言った感覚的悟性を 呼びさますのである

知的悟性の時代に幕を降ろせ
知的悟性は 神話を追いやる

天と地を繋ぐ文明を創れ
自身と健康と自由が 自分のものとなる
オチャメは益々オチャメになり
高貴と優雅と笑いが取り戻せて来る

人には 素朴と浄福と礼拝が必要である
それらには限度がない

2004.04.28.
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| 2004年 | 17:02 | TOP↑

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直線は中性 そこに踊りがある

直線は右にも 左にも移り変るものである
即ち有にも 無にも
そこにオチャメがあり
そこにオチャメの踊りがある

アジメールの市場の中を通りぬけた時
市がおわった夕方過ぎの一つの小屋の中で
若い女性数人が 天女のように舞っていた

誰に見せるというのでもなく
自身がただ 天人のような羽衣のすそを
なびかせながら 舞っているのを見た

神話とは それだ
人に関係がなく 自身が天国さながらの姿が……

私は それを見る為に
なつかしい思いをして 何回かそこを通ったが
二度とその天女の舞を 見る事が出来なかった

自由とは 何も他の人に関係のないことである
しかし 一つだけある
それは 天にいるようでなければならない

2004.04.26.

| 2004年 | 20:58 | TOP↑

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オチャメ踊りの謎が解けた

手拍子を打つのも オチャメ踊りも
宇宙創造の踊りだ
そのたびに 物が創られているのだ

躍動すると物が創られ 
存在の保持がなされる

手拍子を打って オチャメ踊りをせよ
木も 石も 花もそれをしているのだ

そして人と人が
右と左の手を打って 手拍子を打って
オチャメ踊りをするのだ 
これ以外にないのだ

ついにオチャメ踊りの謎が解けた
左手は無であり 右手は有である有
詩の自己呼吸は手拍子となる

オチャメ踊りはそれだ
詩こそブラフマンの実態だ

左右の翼の羽ばたきも
この宇宙創造の自己呼吸に
他ならなかったのだ

2004.04.26.

| 2004年 | 16:14 | TOP↑

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創造者なる詩の呼吸

詩とは自ら生きてあるもの
しかも それは中性である
中性は踊る 呼吸もそれだ

汝等も創造者である
別に宇宙を創る創造者という事ではない
自己を創る創造者である

人は全てを断念する事によって 詩の本性を知るに至る
すると物質宇宙が無用のものとなるのである

我々は どう自己実現せねばならぬというところから
野心とか求道とかがやって来る
例えば統一を考える……等々である
何とか自己をまとめようとする

その自己というものも断念した時 詩が現われそれとなる
つまりブラフマンとは 詩そのもののことだったのである
それから分って来たのは ブラフマンは詩であること
そしてその詩は 呼吸し生きてあるものであるという事である

詩とは自らが生きてあるものであったのだ それが分った
それは全てから独立しているものであり
宇宙にはそれ以外に何もないのだ

それが分ると求めるものが何もなくなるのである

そしてその呼吸に 非平衡系がある
それによって躍動 興奮が起き 力とエネルギー
その他が創造されて来るのだ

それは半導体的なものであるとも言える
そこから創造が起きて 運動 踊りも起きているのだ

自らが創造者たれ
宇宙そのものの創造者たれ

2004.04.23.

| 2004年 | 16:12 | TOP↑

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詩的悟性

詩的悟性は素晴らしい 
他の知的悟性や 感覚的悟性とちがって 
知が成ったあとに来るのである 
それが特徴である

この世の構造 その他を使って組み立て 
総合統一しようとするのでなく 
それらを無用のものにするという「断念」が来る 
そうすると先方の詩から我に近寄り 通り抜けてくれる

するとその空気のような 詩の本性が我に残る
そして成るのである
成ってから 詩とはこんなものだったのかと知るのだ
「知即成る」でなく 「成る即知る」のである

求めを断念する事によって 出来事が起きて来るのである
物質のこの宇宙は 自己から消えるのである
無用物となるのである

後に残るものが詩だ 
それに成る事が神話の実現である

そしてそこから オチャメな羽毛の動き 
舞のようなものが起きて来る 
無意味な舞が起こるである

2004.04.22.

| 2004年 | 07:43 | TOP↑

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霧が現れて

霧が現われて 私の思考を止めてくれた  
どんな思考も全部 真なるものではないというのであった
そして 思考をやめよというのであった

その霧は詩の神であった
詩神が現れて 霧でもって私の思考を全て消してくれて
どんなに思考しても 真なるものは掴めないのだと 
さとしてくれたのである

なるほど 真理は思考の範囲にはないのである
思考を止めた所にこそ 真理が現われて来てくれるものだ……
と心底から分らされた

詩神のこの出現がなければ私は一生 思考し続けた事であろう
……しかし思考する人間の頭の働きを 如何にして止めるかが
問題になってくる

しかしここまで 詩神の恩恵が来たのだから何とかなるだろう
断念の三度目に こういう事が起きたのではあるが 
これまでの断念は まだまだ甘いものであった
詩神に教えられて始めて目が醒め 始めて思考のない世界に
目を転じる事が出来るようになった

思考以外の世界とは どんなものか
……私の心の目は……いや目はその世界を覗き始めた
しかし覗いても 思考が少しでも混じって来ると
その世界を覗いた事にはならないのだ

むつかしい芸当だが 何とかなるだろう
詩神よ ありがとう
これが来なければ 私は一生思考し続けたであろうし
一生 真なるものにめぐり会う事がなかったであろう

歴史は…… 人類の歴史は ここから変ってくるだろう

思考を追い出す文明
そして出来上ってくる文明

2004.04.20.

| 2004年 | 13:26 | TOP↑

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流れ込んでくる詩の実態

この2・3日前から何ともいえない
まとまらない影のようなものを感じていた

それは――何かを創ろうとするもの
統一を得ようでもよい 実現を創ろうでもよい
そんなものを しようとしている自分の行為そのものの愚かさ
間違いを気付き始めている……
それが 影のようなものとなっていたのだった事が分った

そこでその まとめようとしている行為を断念する
……という気運がやって来た
すると 今まで探して集めて来た総合作業の
材料が全て 無用のものとなってきた
という事になると すべて目の前のものは無用の
ものとなったのである

即ち 物という多様性なるものどもが目の前から
意識の世界から消されてしまった
そこで自己が まともなものとなり始めた
そのように まともなものになった時
同質の まともというもの(詩の実態)が
同質なる自分というものに流れ込んで来てくれたのである

すると小さくて まともなものとなっていたものに
大きいまともという質が流れ込んで来てくれて
その詩の実態の大きいものが 自己を貫き通ってゆくから
自己が大きいまともな詩の実態に なりつつあるのを感じる

例えばその詩の実態を 霧に譬えて考えてみることが出来る
霧に包まれると 何もかも見えなくなり消えてしまう
そのように 詩の実態は霧のようなものである
――くどいようだが そこでは 物は無用のものとなる

そしてそこでは 時間制が変わる
これまでの 自分の持っていた時間制は何かをせねば
ならないとか 何かに成らねばならないのだという
そんな いつも追われている時間制の中にいた事が分る

それが そのせねばならない事がなくなると
そんな怯えというような 義務があるような
そんな時間制が自己から消えて 自由を得るのである

同質のものになると 同質の大きいものがやってくる
そして そのものの中に入ってしまう
そのものに成り それを感じる
それを詩的悟性という 三度目の断念でここまで来た

右の手と 左の手を打って踊れ
詩とは霧のようなものだ
それがすべてを消してくれる

根源とは全てを消すものだ
そこから 生命が誕生する
オチャメ踊りはその誕生の瞬間だ

翼は羽ばたく
右と左の翼は羽ばたく

消えた世界を駆け巡る
神話はそれだ
消えたものの羽ばたきだ

断念をすると吸い込まれる
そして羽毛のようになる
半導体空間は それを呑み込んでしまう

バウルは歌う バウルは踊る

2004.04.18.

| 2004年 | 00:13 | TOP↑

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親と子の非平衡

光が斜めに走って
マーヤの世界を貫き通した
重なりを貫く光が

光が斜めに貫くとは
重なりを意味する
重なりが来たのである

親と子の重なりが来たのである
それが来ると
光が斜めに走る

貫き通すのである

私の動作はゆっくりになって来た
記念の日が来たのである

詩の形相が露わとなった
太古の人は の形相を
持っていたのだ

貫き通す光が来たのである

2004.04.11.

| 2004年 | 16:44 | TOP↑

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神話現実こそ 宇宙現実

毎日キジが来てくれていて まるで極楽だ
昨年は白鳥三羽と一年間 極楽の日々を過ごした
今 歌とキジが一つのものになって 私と一緒に居る
泣けてくる 涙があふれてくる

この神話の現実を目の前にしている
こんな現実の神話の世界が現にある事を見 知り体験している
宇宙の現実は神話現実である

こんな神話現実の宇宙に住んでいた人間が
それを 人間だけの世界にしてしまっている
それで真の世界が 人間のものでなくなってしまったのだ

歌が白鳥になり キジになって重なり 一つになって
私の中に前にある
そんな現実が そんな神話の世界がある
その中に私は今いる

何だか子供をなくした母親が 子供をいたる所に見るように
重なった映像の中にいるような時に
似ているのではあるまいか……と思うようだ

忘れていた いや 
心の底で探していたものが現われたようだ
そんな真実な神話の世界像を今 
私が復活させる事が出来たのだ
涙が いっぱいこぼれてくる

探していたものが 来た瞬間だ
歌もキジも 白鳥も一緒に重なって
私の家族となって流れ込んで来る

一つになるとはこんな事だろう

2004.04.07.

| 2004年 | 11:10 | TOP↑

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魔法が分ってきだした 歌も鳥も一家族

この「家族」という意識と 
昨朝分った羽衣の舞と ひっついた

そして家族を作る事を 思い立ったその朝
庭に来ているキジが二羽の鴨や 二羽の七面鳥たちと
仲よく庭を うろついているのを見た
それで それらとも一家族になるのだと思った

それからやっと分った事がある
歌は 歌を歌うという事でなく
歌そのものと 家族になるという事であった
家族として歌うのであった‼

生きてある一家族の間を通る羽衣
羽衣は そのもすそをなびかせて
それらの中を通る

生きてある 一家族の間を‼

人間には 魔法は使えない
天上の意志が 地上に降りて来てくれた時
現物が創られる

魔法は天上のものである

2004.04.05.

| 2004年 | 23:51 | TOP↑

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