FC2ブログ

2005年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年03月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

真の詩人は

火は 古里なる水の中に

かえらねばならない

これは リグヴェーダの詩人が

言った言葉である


子が 親の中に帰った事は

この世に生きようとする火を

消した姿である


詩人とは 生きる欲望を

放り

天の手伝いをする人の事である


詩人とは 宇宙意志そのものに

なった人のことである

欲と我を もたない人の事である


そしてしまいに 詩からも

ぬけた人のことである

武術者が 武術からぬけた時

真の武術者と成るように


詩人は 詩からぬけた時

この宇宙や 自然からもぬけた時

真の詩人となる


それと同じで宗教家が 宗教から

ぬけた時

真の宗教家となる


その時 火は古里なる水に

帰ったといえる


2005.02.19. 
スポンサーサイト

| 2005年 | 13:06 | TOP↑

≫ EDIT

カブト虫とドルガ女神についての解明

今日は ラーマクリシュナ生誕169年祭だ

その日にエジプト文明と インド文明の謎の一つを

書きつけるとは 妙なる事だ


ドルガ女神は 善の中に悪がひそんでいる事を

見つけ それをやっつけるという 

そこまで解っていたが

それをもっと深く とらえる事が出来るようになった


それは その善人になろうとする その願望の中に

自己欲がかくれている事を 見つけたのである

例えば求道も それである


聖者の教えは すべてそれである

自己を正せ 真理を発見せよ 自己にかえれ

自己を仕立てあげよ 他に親切であれ


あるいは 自然にかえれ……これらすべては

人間が善い人間に なることを欲する願望から

出てくるものである


それらは よさそうな教え 或いは願望であっても

自我欲へのささやきである


余計に自己を 自我を認識させてしまう

求道すること自体 動機不純から

出て来たものである


自分を立派な 真理にかなった人間にしようという

不純が かくれていて

そこに悪魔が しのびよって

人々にささやいているのである

立派な善人に ならねばならないのだと


そこで話を 他にかえよう

エジプト文明の太古にあっては

自己を仕立てる という事でなく

「手伝う」 「手助け」という事が すべてとなっている


そこには 自己がない

へプリ 即ちカブト虫 これをフンコロガシという

このへプリがフンを集め それを丸めて

後ろ足で それをころがしてで運ぶ


その丸いものを運ぶことを エジプト人は 

太陽を運ぶと とらえている

即ちカブト虫が 太陽の日の出のヘルプを

するのだと とらえているのである

即ちヘルプ……手伝い 手助け


しかもその手伝いは 太陽を動かしている

宇宙の根源者である インドでいうブラフマンである

そのブラフマンのする仕事の 手助けをする

……ということである


我々人間は 人に対して親切とか手助けを

するが

宇宙の親である根源への ヘルプをしているで

あろうか

するとすれば自分の幸せを それに願うだけである

おお神よ と


そこにも その信仰にも動機不純がある

それをドルが女神は 知っていたのである


ここでインド文明と エジプト文明の同じ

性質のあることが わかるのである


インド文明のはじめに ヴェーダ時代という

ものがあった

その当時の人々は 太陽をおがむのでは

なく

太陽の出てくるのをヘルプするという 詩的な

心をもっていた

ウシャス女神の詩が それを証明している


ウシャス女神は 太陽の出て来る前の 東の空を

きよめ

その東天を 紅に染める

そして太陽よ来ませと 道をひらいて

案内する 

その太陽の車の 先頭に立って

太陽を導き運ぶのである


エジプト文明にも それと同じことがある

太陽ラーの娘 マート女神である

マートは正義 真理 まっすぐなもの 秩序といわれ

太陽の舟を 導き入れる女神である


そのマートの意味である正義 真理 まっすぐなもの

秩序というのは 太陽即ち 生きとし生ける者たちの

親ともいうべき太陽の ヘルプをするという事である


これら ウシャス女神とマート女神は 親の心から離れず

親のヘルプをする それが真理というものであるという

知的世界でない 詩的世界を我々にのこしてくれた

尊い宝物である


2005.02.18.

| 2005年 | 20:54 | TOP↑

≫ EDIT

価値を求める知的文明から 魔法文明へ移る

第一段階は 詩神が現われて 思考のすべてを

      とめられてしまう


第二段階は 落葉が現われ 価値と無価値を知る


第三段階は オリオン座の詩から 宇宙を動かしている

      根源の詩の世界を知る

      そして オリオン座を 朝になったら魔法の

      小箱にしまい入れる根源の働きを知る


第四段階は 裸電球の例えから 子は親を忘れていた事を知る

      そして 子は親の 「手伝い」をしてオリオン座を

      動かすことを知る

      ここから子の務め 「手伝い」が世に出てきた


第五段階は オリオン座をしまいこむ根源の働きから

      東天を 紅に染める魔法の小箱へと移る


第六段階は 知の欲の世界から 詩の無欲と素朴の子として

      果すべき仕事は 「手伝い」のみであるという

      大事なただ一つの事をみつけ それに定着する


第七段階は 魔法の小箱をもつこの子は それを開け

      東天を紅に染め 太陽を導き出し その一つ

      の事で 満足しきる者となる


第八段階は インドのウシャス女神と エジプトのマート女神は

      同じことである事を知る

      フンコロガシの事も分った


2005.02.05.

| 2005年 | 13:07 | TOP↑

≫ EDIT

太陽が上って来た

太陽が 上って来た

太陽が 上って来た


私の つけておいた道を


太陽が 上って来た

太陽が 上って来た


私の つけておいた道を


こんな うれしい事はない

こんな うれしい事はない


太陽が 上がって来た

私の つけておいた道を!!!


こんなうれしい事は かつてなかった!!


太陽が 上がって来てくれたのだ


2005.02.05.

| 2005年 | 12:58 | TOP↑

≫ EDIT

思考はとまった

知の世界から やっと詩の世界へ

ぬける事が出来てきた

詩の世界という一つの世界だけが

真実な世界であることが 分ってきた


夜になると オリオン座を眺めて

それを 動かす手伝いをしだした

バカなような おろかなことのようだが

これしか 真実な行為のない事を知った


老子は 無為自然といって 自然にかえる事を

説いたが

自然にかえったら どのような事を行為すれば

よいのかが説かれていない


教えが 中途半端であるから

弟子の荘子が それをおぎなう為に

すべては 一つであるとか

すべては 運命であるとか言い出した


すべては 一つであるというような 哲学思考では

又しても 合理知の世界にひき戻されてしまう


最終的に何をすべきであると 誰も言わなかった

そして 無我とか 無欲とか 足るを知れとか

空とか 無とか

知のすべての道具を 並べたてた


しかし 真なる宇宙構造のあり方が

そこから現われては来なかった

自我を知れとか 故郷にかえれとか

これらも それらと同じたぐいの まやかしの

言語の羅列であった


人間には しなければならない一つの行為が

あるのである

それは 自己を高めることではなく

親のそばにいて 親の仕事を手伝うことである


宇宙根源の親なる者の そばにいる事で十分である

幸せはそこから やって来るのである

宇宙構造の外に出ると 時々刻々  安心の出来る

時がない


たとえ 百才まで生きたとしても

たとえ 百人の孫子に囲まれて死んだとしても

そのよろこびは つかの間のよろこびである

求めているものが 癒やされただけの事である


それこそ 無欲になれという教えが ぴったりくる

無我という教えも 薬となる

しかし その薬をのんで 無我無欲になった後は

何をすべきなのか

それがこの世に 説かれていない


即ち 子は親の手伝いをしなければならない

という事が

する事の分らぬ魂は それから常に

無欲無我という言葉に 追いまくられる

解脱という言語や やさしくあれ 親切で

あれという孔子の教えにも 追いまくられる


自己を仕立て上げねばならぬ という

これまでの教えに つきまとわれるのである

自由を失ったその魂は いづこに行くのだろうか


天国か 信仰する神の所か

そこで 何をするのか

そこへ 何の為にゆくのか


親と子の関わりから離れた魂は

永遠に 求め歩かねばならない


私は子の「手伝い」を知ってから 完全に

思考がとまってしまった

自己を 仕立て上げる為の思考が

不必要となったのである


私の手は上にあがり おどりはじめた

鳥でもうれしい時は おどりはじめる


親の手伝いをしてから 思考はとまった

そのよろこびは 踊りを創った

無価値なものをつかんだよろこびと

踊りであった

DNAが 昔のDNAへと回転しはじめた

太古の神学詩人へ 回転しはじめた


2005.02.03.

| 2005年 | 15:18 | TOP↑

≫ EDIT

親の手伝いをしてから

今までの歴史は 親の手伝いを忘れて

真理なる価値あるものを求めて

求道ばかりしてきた歴史であった


人はさまよいの道を 歩き続けてきた

のだった

何千年も……どれ程多くの人間が

その迷い道を たどって来た事か


デカルトは言った 迷っている者が

道を求めて 真理を 見つけ得れるであろうかと


我々のDNAは 横道にそれて よごれに 

よごれきって 来たのである

アヒルでも 昔ながらのDNAをもっていると

いうのに

人は親のまねをしないで より価値あるもの

より幸せにしてくれるものへと

前進しつづけて 来たのである


人間のDNAは 救いようのない程に変形して

しまったのである

しかし今ここに その反転が来た

子は 親のまねをし 親と離れずに 親の手伝い

をすることが 真理であると知る事によって


私は星々を 動かす手伝いに満足して

毎日をおくった

それ以外に朝 太陽のあがる前に

東天をきよめ 東天を紅に染め

太陽の上ってくるのを 祝い

しかも その道を開き 太陽を先導してくるという

ウシャス女神を 見習っているのである


又 エジプトのマート女神のように 同じく

太陽の舟の前途を きよめつつ

太陽を 導いてくるのである


しかも私は 魔法の小箱から

絵筆をとり出して 小箱につまっている紅の

絵の具を

筆いっぱいにつけて

東天をそれで 紅にぬりつぶすその手伝いに

最上のよろこびを感じ

朝をむかえる


80才の年を積ねたこの2月3日に

それが出来るようになった

親なる神に 感謝で一杯だ


かつて 誰も気付かなかったエジプトと

インドの

この秘伝を こうして発掘する事が

出来たのである


2005.02.03.

| 2005年 | 12:56 | TOP↑

≫ EDIT

ある男の発見

欲望という心の動きからでは

真理に めぐり合う事は出来ない 

絶対に


真理は 求める動きの中からは

見つけることが 出来ないのである

求めがなくなると

真理が見えてくる


人々の思考は ほとんど求めより

おきてくる

その思考からは 間違いしか手に入ら

ない


ある日 その男に詩神が現れた

詩神はその男に 思考を止めよと

いった

そしてお前の考えている事は すべて

間違っている

思考を止めよ と再び言った


だが その思考を止めるのに

どうすればよいかと 又思考して

しまう

思考はなかなか やまらなかった


ところが 東天を紅に染める手伝いを

はじめた事によって 思考が見事

止まってしまった

小箱と 紅の筆と その手伝いの

お陰であった

幻想という魔法の小箱のお陰で――


この「秘伝」を知った者は

ウシャス女神の詩をつくったリグヴェーダの

詩人以外には

かつて無かったであろう


この「秘伝」を知ったこの男は

合理から 詩の世界へ何なく入れ

神話の世界まで直行して 入ることが

出来た


彼は 宇宙の間近に住まう人となった

のである

……そうしたある日

又しても 彼に幸運がめぐって来た


それは 夕焼けの女神を見る事が

出来たのである

そこで 黄金の音声の波動と 黄金の

色彩の波動以外に 黄金の

香りの波動を 見つける事が

出来た


そして この三つこそが 宇宙の根源――

宇宙意志 人々が求めている真理その

ものである

真理はこうした心を 内在した

かつて 知り得たことのない物質で

あった


科学者も いつかこれを発見する

であろう

しかし 自我を持たない科学者

に限る


2005.02.01.

| 2005年 | 20:29 | TOP↑

| PAGE-SELECT |