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2005年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年04月

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創造の角度

裸電球は ソケットをコンセントに

さしこまねば 光らない


コンセントは親である 宇宙の親である

子は裸電球に等しい


子は親のそばにいて いつも手伝いを

しておればよい


その手伝いの意識は

顔を天に むけさせる


その天を仰ぎ見る角度が 

また 大切な角度である

それは 天とつながれた

ななめの角度である


親と子のつながりは

ななめの角度をつくる

真の動きは そこからおきてくる


足を地につけて 天を仰ぎ見よ

天が体内を つらぬき通り

足にぬけてゆく

人は天と地と つながれてしまう


知恵の世界は 地の世界となる

即ち 欲をもたない素朴な人間となる

人の持つ知的ほこりは 徐々に

ぬぐいさられてゆく


天と地が つながれると

我々の知的よごれが 洗われてゆく


よろこびは 知恵は天からやってくるのだ

天に手伝う詩的な行為から

元々の人間が 出来上ってくる


詩の中に人は どっぷりつかってしまう

よろこびに 満たされてしまう


親と子のむすばれの中から

花がさき

心の中に 春が発芽の春がくる

詩はその春から やってくるのだ


発芽は そのよろこびは

他との対話となる

足も手も 踊れてくる


その震動が 魔法の小箱の門前に

自己をみちびく


手伝いという自己を 知った時

自己の本性を 知った事であり

そこに自己との対話が はじまる


よろこびに満たされきる

宇宙は消えて よろこびだけがのこる

宇宙本来のDNAの よろこびの波動だ


2005.03.13.
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| 2005年 | 12:58 | TOP↑

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心の花が咲くのはいつか


夏さなか

百日草にかこまれて

ナーラーヤンは

うれしそう


と歌ってみた まだ春なのに


もう 桜が咲いている

夜が 白々と明けてきた

東天を紅にそめよう


天子 天女たちも手伝っておくれ

薄雲になっておくれ

それがないと 朝焼けの紅が

出来ないから


手伝うこと

みんなで 手伝うこと

それが 神話である


ほほえみがくる 舞がくる

そこに 宇宙の呼吸がある


知をやっつける薬は 

親に対する手伝いにある


メキシコ人は「分け合う」を精神と

している

これは 立派なものだ

そんな国民こそ 大事にしなければならない


2005.03.08.

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