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2005年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年08月

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自らのよろこび

自からの中から 自からのよろこびが

ふき出てくる

それが 自からである


自らは よろこびと 礼拝をさそう


自らだけがあって 他がない


自らからずれると 相対が出てくる

相対が出てくると 対話が出てくる

創造という言語も出てくる


宇宙には 創造というものが

ないのである

創造という考えは 相対感念から出てくる

対話もそうである


宇宙には 1もなければ 2もない

2を考えるから 1が出てくるのである


宇宙には数字と 思考する何ものもない

宇宙には 自らと自らが発する

光があるだけである


親と子 手伝い ゆりかご 子守唄

そこには 1も2もない 

自らがあるだけである


2005.07.21.
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| 2005年 | 09:16 | TOP↑

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神話実現

宇宙の根源的親と 離れない事が

神話である

それと同時に

生きてある親とも 離れない事が

神話である


神話は そうした二つの親から

離れずに しかも

欲を出さずに 生活する

そこに実現される


そういう人は 素朴であると同時に

無欲である


真実の花は そこに花ひらく

それが 詩であり 

神学詩人の安らかで 明るい顔が

神話の形相が 現存するのである


2005.07.13.

| 2005年 | 20:36 | TOP↑

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魔法と調べ

西インドのアジメールあたりに ダヤナンダーという

聖者がいた

彼はウパニシャッド哲学から離れ てリグヴェーダの

偉大さを説いた

そういう素晴らしい聖者もいたのである


リグヴェーダは人類の宝である

それらは詩の形で 神話の形で述べられて

いるだけである

しかしそこには 無限の香りが

無限の調べが

かなでられている


真理というものは 知の

世界ではない

知でわかる世界ではない


真理は調べである

その調べである波動を とらえ得るのは

頭でなく体全身である

それをとらえ得るのを 感覚的悟性という


その感覚的悟性でとらえると

全身が振動波を感じとれるようになり

踊れてくる


それは 素朴であり 平凡であり 神秘の

源泉である

しかもそこには欲がない

即ち自己がないのである


そういう詩と神話と 純粋なものの性質は

魔法のもつ性質である

その調べは魔法の調べである


星の輝きのように


2005.07.11.

| 2005年 | 13:46 | TOP↑

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