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巾は天国

巾を意識すると 天国にいるような状態になる
それを2、3日前から感じていたが 今それをしてみると 
やはり一度に天国の人となる 
そしてボーッとした 

浮いた人間のように軽やかな人となる 
それで これにて踊る――とこれまで言っていたが 
フト今感じた事がある 

それはソーマ酒の事である
巾はソーマ酒となる 
まるでアヘン患者みたいだなと思っていると 
これはソーマ酒なのではないか?と……思った

巾は天国 巾はソーマ酒
ソーマ酒の事は よくリグ・ヴェーダに出てくる
この事を言っているのかも知れない
ソーマ酒を飲んだ人
彼はフワーッとして 踊れてくるのだ

その躍動で踊れるのではなく 躍動は巾をつくり
巾はソーマ酒をつくり
それを飲んだ人は自然に踊れてしまうのではなかろうか

天の生命の滝→躍動→巾→ソーマ酒 そして踊り 
とこの順かも知れない
踊りを意識する必要が それでなくなった

ソーマ酒は ピュアーのソーマ酒
ソーマ酒とは金を指す

巾は金を創る
金はすべての物の創造の材料となる
すべての物はこれにて造られたり

金は全てのものを 恍惚に送るものなり
なぜなら金は 最高最上の創造の材料なるが故に

金には鉱物の金 光りの金 液体の金 波動の金
音声の金 色彩の金 詩情の金が考えられる
それらは最高なるが故に 我々を酔わしむる
故にソーマ酒なり
金こそソーマ 踊りを導くものなり

2005.10.13.

| 2005年 | 23:16 | TOP↑

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日本のドルガプジャに

日本のドルガプジャに書いたメッセージは 
すでに金の事が述べられている 
金の波動ですべての物が出来上っている………という事が

そこでこの三つの要素を書く前に すでに無価値に
重点をおいていた事と そうする事によって
金の音色がよけい歌声に出て来たという事で
金の音が根本的な素材であるという事まで
直感的に分ってきていたのである

ドルガの恩恵により 無価値に重点をおき 
その次に 金の音色がはっきり大きく出だした事によって
宇宙の軽やかなるものと 悦ばしきものは 
考えから出てきたのでなく 自然に書かされていたものである

その次の変化は 軽やかなるものに重点がおかれた
悦ばしきものは うっかり考えると 
低級なものが混じり始めるのを恐れて 一番後回しとした

軽やかなるものから 赤ん坊が生れてきた 
そして大人が消えてしまった 
ここも大切なところである

いくら 悟ったとか 無 空を言っても
大人であり 赤ん坊になっていない 
それでは 人間の枠の中から出ていない

ここでいう人間とは 大人という人間でもあるし 
不純なものの内に属する品物である という人間を意味する
それがすっかり消える為には
無我とか消えよう――とするのも大人人間であるから 
大人がなくならねば本質になれない

ところがうまいことに 軽やかを考えている内に
子供即ち大人のない赤ん坊が 誕生してきたのである 
こうこなければ天地を開くことは絶対出来ないのであった

これもドルガの恩恵である
羽毛を思っている時 何という事もなくすぽっと赤ん坊に
なってしまっていたという結果をここに見るのである

この赤ん坊にんなったという事は 大変な出来事である
これなくして宇宙を知る事は 絶対に出来ないのである 
よくこんな事が偶然に起きてくれた事である

おそらく仏陀も大人であったのだろう
子供になったという気配が見うけられない 
無とか空とかを振り回している事から見ても
それがよく分かる

子供(赤ん坊)になると 余計親が面倒を見てくれる
巾が見えて来るし 巾に金の色が見えてくるし
金々々になりきって来た 

するとお祈りの歌が 金の音色として毎日大きく現れて来た 
すると人も物も この金で出来ているのだとなる

2005.10.11.

| 2005年 | 20:36 | TOP↑

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朝やけの女神

朝焼け 黄金の朝焼け
黄金で出来ているウシャス女神

黄金で出来ている斜めの線
創造はそこから起きる 
詩的黄金なくして斜めも 光も 創造もない

角度も 踊りも 舞も 
その黄金の斜めから起きる
オチャメは黄金の微笑み

ソーマ酒とは 黄金の水のことかもしれない
黄金は巾を創り その黄金の波動の巾は
黄金の心を創る
黄金の波動は 全ての物の創造の
材料となる

その舞が法の調べとなる時
人の世は悦びに満ちる

2005.10.10.

| 2005年 | 23:27 | TOP↑

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ドルガプジャのよき日に 皆さまに

人は金といえば 鉱物の金を思い出す 
そのように 鉱物の金をよく知っているが
実は金とはそれ以外でもあるのである

鉱物としての金 液体としての金 空間としての金 
波動としての金がある それを人は誰も知らない
こうして歴史は今日まで流れて来たのである
金の声 金の歌声 金のような顔というのは
波動の金の現われである

皆さんの知っている宇宙の根源ブラフマン
それは無色透明なものである
それが創造の過程を通ると金の波動となる
そしてその金の波動が 時間になったり
空間になったり 人間の命や 動植物の命となる
即ち人間の命というものは ブラフマンの金の波動から
出来上っているのである

ではその金とはどんなものか これも又誰も知らない
金とは無価値なるもの 軽やかであるもの 悦ばしきもの
であるものなのです

人はいつも人にこだわっている 
こだわるから自我が出来る
それは自己は金である事を知らないからである
だからうろつき迷うのである

軽やかで 悦ばしきもので 無価値なる自己を知ると
自己という塊がなくなる 
塊が無くなると踊りが始まる 羽毛のように軽くなる

人は自分という塊が出来ると 損得が生まれ 
他の人との間に摩擦が起きて 悩みがはじまる
その悩みを消す為に道を求め 真理を探し
思考が始まり 哲学や宗教が始まって来る 

実をいうと そんな道はいらないのである 
自己が金から出来上っているのだと認識したら
他に求める道はなくなる

軽やかなるもの 悦ばしきもの 無価値なるもの――
金を知り それに定着すれば顔が金色に光って来る
声にも 歌声にも金色の鈴の音が混じって来る
「帰郷」とはその事であり そうする事が「帰郷」への道である 

自己を信じること 自己の本性になること 
他でなく 自己の金に定着すること 
そういう信仰が必要である
神や神々の事も考えるな 考えると自己の本性を忘れる

ドルガ女神が80才になった私に 教えてくれたものは
それであった
無色透明なる一者ブラフマンが創造の通路を通って金となった 
その金の波動は時間 空間 
そして全ての存在するものを生んだ 
価値を求める自己から 無価値なるもの 軽やかなるもの 
悦ばしきものに栄えあれ‼ 悦びの舞が始まる‼

2005.10.10. 

| 2005年 | 17:15 | TOP↑

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金の舞

昨日お祈りの時 炎の巾で歌っていた時
その巾が金だと分った
それで今夕 その金を意識して歌っていたら
歌声に金の声がたくさん はっきりと出て来た事に気付いた

この金声に関しては 古くは姫金神当時から
金の鈴の音が お祈りの時に盛んに出ていた
それが最近は その音と質が違う金の音色が
歌う声に混じって来ていた

しかし 大きい音色となって来ていなかった
それが今夕は はっきりすごく大きい音色で
歌声から 出て来だしたのであった
炎の巾を意識して歌ってから

今まで踊りとか舞は 人間の踊るとか舞を
そんなものを思っていたが
そんな踊りと舞でなく 金そのものが舞うのであった

これを見つけた人は かつていなかったと思う
それで詳しく書いておきたい
もし私が書いておかなかったら
この事は永遠に この地上に出現してこない事だろう

金といえば 人は鉱物としての金しか知らない
液体の金 気体の金 波動の金
そんな金がある事が分って来たのである

それと この世にあるすべての物は
この金で出来上っているのを 人は知った事がない
すべてが金である事が 見えないし感じとれないのである

それ程今の人間の知識と意識感覚が
地に堕ちてしまっているのである
そんな頭脳で何を考えても ろくな事はない
そんな立派な神経を 失っている人間なのだから

ろくでもない事を 考えに考えて
ろくでもない社会を懸命に 力一杯造っているのである

しかしこんな事を 何回繰り返しても
ろくなものは出来ない
宗教にしろ 科学にしろ 哲学にしろ
芸術にしろ ここで目を覚めねばならない

もう一度1からやり直しである
人間の文明の歴史作りを

2005.10.09.

| 2005年 | 14:41 | TOP↑

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自らの意識の世界に住む人々

人間はこの地球上に住んでいる

子供の頃は大きい地球だなと思ったが
今はこんな小さな塊の球の上に住んでいるのかと 自分の
小ささまで感じるように 情けない存在である人間を
哀れっぽく見て 地球の小ささと 瞬間のこの出来事を
余りありがたいと感じなくなっている

さて人間はそんな地球の住人として今ここにある
ところが本当の自分は この地球上に住んでいないのである
これは ここにいるのは外観だけのことである 
即ち体だけがこの場にいるが 人々はその場所に何も関係なく
自分の心のいる所に居るのである

それは地球上に居ても 実際は地球にいないという事であって
地球という場から 消えているのである 
居るのは自分の意識の世界にいる事になる 
つまり 地球から消えて生きている人々であるといえる 
するとその人の定着地はどこか

心である その心が穢れていたらどうなるか 
するとそんな間違った心の世界で永久に過ごす事になる

人は心と魂を持っている 
人は魂の世界 永遠なる生命の世界に住むべきである 
ところが その生命なるものが分からないのだから 
どうしようもない

詩と神話で出来上っている生命の世界を
早く見つけなければ 時間はない

私が80年近くそれを研究し 探し 
ついに見つけることになったが それは頭でなく 
足のお陰である
足の賢い知に礼拝し 羽毛をそれにひっつける事をした

すると生命の巾が見えて来た
その巾が見える前に 私は知恵を持つこの大人をやめて
赤ん坊になる事が出来た
それは羽毛の軽やかさと その自由さによって
オギャアオギャアという赤ん坊に帰れたのである

そうしたら 命の巾が自分の歌う声の中に見つかってきた
そしてしかもその巾は 金で出来ている事が分って来た

生命は金を創り 生命は金を持ち 様々な物に変化して
来た事が分った
すべての存在は 金の波動から出来上っている
という事を知った

人は長い間 言語を作ってから相対の中に住まい
目も耳もその金から 縁が遠くなってしまっていたのである
そして知恵の塊の大人となった
舞う事も 踊る事も
忘れた大人となってしまった

2005.10.08.

| 2005年 | 21:25 | TOP↑

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巾は金色 それが見えてきた!!

夕べのお祈りの際 歌を巾で歌っていると
その巾に金色が見えて来た
という事は巾は金色なのだ という事である
金色の文字のように

真実な世界は金色なのだ
いや金で出来上っているのだ

鉱物の金という意味ではない
鉱物の金も その金で出来上ったものだ

その元なる金は 悦びの金だ
形而上学的な金
芸術的な金
生命としての金
音楽としての金
科学としての金だ

それで一切が出来上っているのだ

2005.10.06.

| 2005年 | 20:23 | TOP↑

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人類はどうしたら救われるか

本当の悦びとは
自己の内に 生命の躍動の巾を
持つことだ
ただの喜びでなく

夏が来て 秋が来て 冬が来て
木々の葉っぱが散ってしまった
自己の魂は ますます炎となって
燃えるばかりだ

この木は 二千年はおろか
三千年はおろか
八千年もの生命の炎を 
燃やし続けるであろう

空も無も悟りもくそも あるものか
生命の科学を知らない者たちよ
巾を持てば 巾さえもてば
世界は甦って来るのだ
その一事だけで 
人間存在がまったきものとなるのだ

人類はどうしたら救われるのかの
答えはこれだ

2005.10.06.

| 2005年 | 20:07 | TOP↑

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炎の巾を思う時

「炎の巾」を思っていると
堂々と ゆっくり 
満ち足りて歩けるようになった

満ち足りていると 堂々と ゆっくり 
歩ける

神よ 神よでなく
書物よ 書物よ 聖者よ 聖者よ でなく
一者なる燃えるものとなれ

外に振り回されず
自己に錨を降ろせ

軽やかなるもの 
悦ばしきもの 
無価値なるもの
その三つの錨を持て

天地が開けて来る
八千年の意味が分って来た

2005.10.05.

| 2005年 | 23:21 | TOP↑

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生命の巾

この巾は何か ピンボケは何か
それは生命である

例えばローソクの火の回りに 薄い火の巾が出来ているように
それらは燃えているのだ かげろうのように

img038.jpg
この巾は いわゆる生命である
存在生命も含めて 生命の躍動の位置である
全てのものはこの生命をもち ピンボケをもち
羽毛のような 軽やかなものに包まれている

全ては 生命という躍動体である
躍動するもの 生きてあるもの
歓びの発芽そのものである

実に音楽的だ 音楽が聞こえる
その発芽の歓び それが音楽というものだ
この世は燃えて震えている その歓び 
躍動の舞に満ち溢れているのがこの宇宙なのだ

全てが震えながら繋がっているのだ

2005.10.03. 

| 2005年 | 13:20 | TOP↑

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