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2005年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2005年11月

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一粒のブドウと 木そのもののブドウの木

決定的なものが来た 

巾はひろがり 翼となった

その巾は 宇宙大にひろがる巾となった


ブドウの一粒一粒が ブドウであるが

ブドウの木そのものが ブドウである事が

分って来た


すると一粒一粒の 今の自分は

本当のブドウでなく 数多い複数の

ブドウの一粒である


しかし 本当のブドウといえば 一粒一粒ではなく

その本体のブドウの木が ブドウというもので

あった


一粒一粒のブドウであっても それは

ブドウの木になった 一粒にすぎない


その事から 自分というものは ブドウの木

そのものが 自分であると分った

となると自分というものは 宇宙という

一本の木そのものである という事になってきた


大きな巾そのものを 持つ大木

樹が一本立っている それが詩である


自己という一粒が おどるような踊り観念は

ふきとんでしまった

そんな小さな一粒のおどりを するのでなく

木が一本立つのである


それが 詩であり よろこばしき踊り

そのものである

慄然とその木は立ち 

悠々と翼をひろげて その巾なる木は

とんでゆく


立つ事は とぶ事である

立つ事は 巾がであり

立つ事は おどりそのものである


2005.10.26.
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| 2005年 | 13:57 | TOP↑

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DNAの改善のために

生命に巾がある それは金の巾であり

燃えている炎も 金によって出来ている


即ち 生命は物質であると同時に

この金は 単なる鉱物としての金でなく

生物としての 金であることが分る


という事から 生命は 基本的には

物質によって創られている機械的な

ものであると同時に

生物によって創られている機械的な

ものである……といえる


その重大な証明が この巾と金によって

明白となって来た


それ故に 分子から細胞へ

更に生物としての 物質的個体の

内容を通して

精神や 行動の問題に致るまで

こまやかに かつ総合的に見てとって

ゆかなければならない


2005.10.21.

| 2005年 | 23:31 | TOP↑

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命の自己複製

無価値の軽やかな 無限の

よろこびが

大空さして 羽ばたきわたる

刻々

寸刻 寸刻の生命がそこに

踊る


自己複製

新たなる炎と燃える

生命は踊る


生ある者は すぐ価値あるものを求める

それは 自己の内に光(命の炎)を持た

ないからである


その価値あるものを 求める自己を 消すと

相対の中にいる自己が 消える

すると 無価値と思っていた物の中にある

真相が感じられて来る


その真相とは 無限の価値なるものである

その無限の価値あるものを

感じとれるようになる為には

眼の前の物で 価値あると思われる

その価値としての相対物

それに執着する自己を 消すことにある


するとすべての物に 平等に内在する

真なるものが 見えて来る


即ち自己を 価値の世界から

はずすと

軽やかなる自己が 現われて来る


価値を求める者は 価値と無価値の

中でうろつく

その価値の意識の消えた軽やかなる

世界を 無価値 即ち価値を考えない

世界という


価値から離れ その無価値の世界に

いると

次は 自己のなすべき事が分って来る

それは 天と自己との関係である


自己は天に対して 何をしただろうか

求める事のみの世界にいた自己が

そこで分って来る


天は親であり 我れは子である

人や物の中で うろついてはならない

一番大切な親と子――天と子の関係を

どうするかである


子は天と離れず 子は天の手伝いを

手助けをしなければならないのである


これに気付く事が

本当の自己を甦らせ

創り始めるきっかけと

なるのである

自己複製の始まりである


天の手伝い 

それは何をすべきかを考えよ


2005.10.19.

| 2005年 | 19:46 | TOP↑

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吸い込まれ 消えて踊るもの

ここで起きる踊りは

自己が消えつつ 炎となる

命のよみがえりとは この消えて

それから 燃えるにうつるのである


そこに 自己増殖の秘密がある

一旦消えること

消えつつ炎となること

命の炎は消え のみ込まれ

軽やかになること


その軽やかになる事が 命である

そういう命が燃えるのである


中性子の運動も そこにあるのである

消えて再び現れる 命の運動

そこに 永遠に連なる命の姿が

あるようだ


無価値なるもの 軽やかなるもの よろこばしきもの

この三要素が 自己を自己の道へ

ブラフマンの道へ 導いてくれるのである


詩とは 無価値なるもの 軽やかなるもの 

よろこばしきものの 羽ばたき

その舞である


2005.10.18.

| 2005年 | 19:40 | TOP↑

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『命の滝』を考えている

命の滝は 大きい滝で

それが天から 降って来る

その命の滝は大きい


それに 軽やかなる我々は

飲み込まれるのである

そして上に上がり 消えるのである


ここに 半導体的吸い込む空間があるし

吸い込まれる軽やかな者がある


その飲み込まれる時に 踊りが始まる

それが踊りだ

人が人工的に 様々な踊りをつくって

踊るが

それは人工的な踊りで 孔子流に似ている


吸い込まれて 自然に踊ること

それこそが 本当の踊りである

人工の踊りでなしに

――やっと踊りが分った

ここで生命が つくられているのである


2005.10.17.

| 2005年 | 21:13 | TOP↑

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踊りの映像

ドルガプジャの日


ローソクの巾の話をする

命は巾をもち 炎ともえている

その炎の巾が 踊りとなる


こうして ドルガプジャに参加してきた

全員におどらせた

これがはじめて 全員が おどりの中に

入った事になった 


不思議にも 先日篠瀬さんが 踊りの映像を 

その眼で見たといっていた


そして 踊ることが 命だと思って

毎日踊っている

その時だけ 自己が消えていると

興奮していっていた
 

尊い彼の体験だ

これらもドルガのお陰だ


2005.10.16.

| 2005年 | 22:23 | TOP↑

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巾を持て

人は ローソクの火のように 

いつも 燃えてあるものである

命が 躍動しているものである 


にもかかわらず 人の命は

燃えていない 

金である自己を 忘れているからである


金を思い出すと 人の命は燃えてくる 

そして 光と熱をはなち 

あたりを明るく照らす 


金を忘れた人は あたりに害を

及ぼしているのに気付かずに 

価値あるものを 探し歩く


求道もそれである 

火の消えた者が 良きものをみつけ

られるはずがない 

書物をよみ 聖者の言葉を研究し

神よ神よと おがみつづける


火(金)を持たない者が つかんでくる物は 

ろくでもない物しかつかめず

それを知恵という頭の袋に つめこんで

一時のよろこび なぐさみを得ている 


それは金である自己を 忘れた盲人の

する事である


自らが神(金)となれ 

金の波動 粒で出来上っている自己に

気付いた者は 光りをはなち

あたりを明るく 楽しいものとする


しかし はじめは その火の炎は小さい 

それが もっと金を認識すると 

火のまわりに 火の巾がひろがってくる


巾を持て!! 人よ 

巾は 光りの巾だ

命の輝ける巾だ 

欲ではこの巾は つかめない

自己のものと出来ない


無欲になること 素朴になること

「無価値なるもの 軽やかなるもの よろこばしきもの」が

そこから出てくる


それに帰ると 光の巾(金) 命の巾が出てくる

踊りと 舞をもった金の人となる

欲は 金の巾と踊る人を 

迷いと ぶつかりの人にしてしまう


巾を持て 金の巾を持て

無価値なるもの 軽やかなるもの よろこばしきもの  

光る人となれ


迷いは 価値あるものを探し求める


命は光る 広き 光る巾をもて!!!

人よ!!!


2005.10.16.

| 2005年 | 09:50 | TOP↑

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人から黄金の波動に帰れ

金とは 無価値なるもの 

軽やかなるもの

よろこばしきものの事である


そのものは踊る 人から離れて


人が人になると 価値の世界に

転落する

悩み 取り合い 損得が生まれ

感情が生まれ

救われようとして思考 哲学 或いは

宗教が生まれる


人は無価値と 軽やかなるものを意識すると

価値あるものを 探し求める自己が消える

軽やかなる自己を思うと 求めをもっている重さ

から自由を得る


軽やかなるものは 遊戯する羽毛の世界である

踊りの世界 舞の世界である


2005.10.15.

| 2005年 | 21:50 | TOP↑

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命の滝を忘れた人間

金とは

無価値なるもの

軽やかなるもの

よろこばしきもの 

の事である

そのものは踊る

人から離れて


人が人になると 価値の世界に転落する

なやみ とり合い 損得が生まれ

感情が生まれ 救われようとして 

思考 哲学 宗教が生まれる 


そこでは人は 人から金(羽毛)に帰ることは 

出来ない

命の滝はそれを最初の者に教えてくれた

ドルガの恩恵である 

金はすべての物の素材である


ブラフマンがあった

それは無色透明であった

彼は呼吸していた


その無色透明なるものが 意志をもっていた

その意志が踊り始めた

それは静かであるが 躍動しはじめた 


躍動は非平衡系 即ち斜めをつくった 

上と下 斜めである

斜めなる角度は 運動の母胎である

高きより物は低きへ動く

その斜めなる角度を通って

そのブラフマンの命が降り注がれた


踊りながら それは命の滝となった

それは無色透明であるが 金色の波動粒子となった 

光がそこから創られて来た


その光が 斜めの角度から時間と空間となって

噴出してきた

物質が生まれた

生命あるものも生まれた


天からの命の滝は 永遠に降っていた

すべての物は それを呼吸し

受ける事によって存在した


しかし人は 生まれてから成人している間に

自我をもった 

それが天を忘れて 自力で生きるようになった

天を忘れ 天の命の滝を忘れた


さ迷える人間というものの歴史が

くりひろげられた

そして救いを求め 真理を探すようになった

聖賢が生れ 哲学をといた


2005.10.15

| 2005年 | 15:29 | TOP↑

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金をつくる命の滝

ピュアーは無色透明であり

命の滝(水と同じで無色透明)によって

上から下にという

非平衡系を通る事によって

色が出てくる


それが金色であり それによって創造が起きる

時間も金

空間も金

波動も金

音も金

物質も金

鉱物の金が ここで出来る

光も金


人間は 最後の鉱物の金と

光の金だけを知っている

これらすべての金が認識されると

命の滝をあびる事によって 人は

生命が躍動してくる


炎となって燃えると そこに巾が出来る

その巾はソーマ酒の如く 喜びの巾であり

天国そのものである


人は地上界から 天上界の者となる

喜びは踊りであり 躍動する舞となる

他に関係なく ただ一人舞う者となる


巾の調べ

舞が法の調べとなる

人の世は 喜びのみとなる


喜びこそが この世の調べ 

法であり 真理である


無も空も瞬間も 存在するものすべてが 

よろこび舞っているのが感じられてくる


天国も地上も 喜びの世界なのである

こざかしい知を捨てよ!

それは悪魔のささやきである 

その悪魔も 人がつくったものであり

更に そのものに翻弄されているのが

今の人である


真理とは喜びの事である

天の滝(命の滝)をうけると

それが実現されてくる

それ以外の横道にそれるな

それるから 哲学や宗教がおきてくるのだ

救われようとして
 

救いは自分で行え

他に手助けを求めると 悪魔の餌食となる

真理は一つだ 

自分の事は自分で行え


物を食べるには 自分自身で口を動かさねば

ならない様に 他にたよるな

たよると 虫食い人間のようになってしまう

虫にくわれた果物はどうにもならないように

虫食い人間から救うのは 自分自らである


立って歩け 立ち上れ 命の滝をあびて

金の巾を出せ

金の巾が出てくると 踊れてくる

天国の為に よろこびと軽やかさの為に

踊れてくる


すると必然的に 羽毛となる

羽毛は やさしく 軽く 喜びの翼

その踊りが 翼の飛翔である

喜びが渡る


2005.10.14.

| 2005年 | 15:17 | TOP↑

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