2005年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2006年01月

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頭をとって ヘルプの行為へ移る

朝焼けは 

ヘルプの出発である


夕焼けは

自信のつっ立ちである

それが黄金の音の波動と

色彩と 香りの世界へ

導いてくれる


朝焼けは 詩の世界と

ヘルプの幻想の世界へ入ってゆける


夕焼けの女神像には 頭が

ついていなかった

それは 頭で思考する事を止める

という事であり

つっ立ちは 幻想の世界である


詩の中に ヘルプがあれば

我が消える

また頭をなくして 幻想に

入ると

現象界を 知的に理解

しようという我が消える


残るは 感情をやっつける

ことのみとなる

これをどのようにして 追っ払うか

である

これは 知のあやまちから

来ていることは確かである


2005.12.31.
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| 2005年 | 21:57 | TOP↑

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幻想 遊戯 ヘルプ

幻想 遊戯 ヘルプ これが真理の

三要素である

幻想を持たない者は 合理知を宝とする


合理知は 人間の内なる遊戯性を

つぶしてしまう

オチャメも人間にとって 大切なものである


そのオチャメ心は 人間を幻想の世界へ

楽々と運んでくれる

それは知的な理性から 真実な世界への

旅立ちである


人は現代 欲望のドレイとなっている

そして欲望の幻想世界を うろついている

本当の幻想の世界でなくて

みのり無き幻想の世界を うろついて

いるのである


なぜなら欲幻想の世界は エゴに満ちていて

よろこびは すぐ悲しみにかわる

それこそ まぼろし人間である



子は親許から離れ 自己の自立の為

にのみ生きる

それは 一つの欲である


親への手伝いを忘れて 自分のこと

のみに 生きている

これが自己を苦しめ 荒れ狂う社会を

つくっているのである


宇宙の親なる根源の一者は

休むことなく この宇宙という大きな物を

動かしている

その手伝いをした者が いるであろうか


宇宙を動かす手伝いをする……それを

聞いたら

何をお前は言い出すのか バカとちがうか

と人々は言うでしょう

しかしこれは バカではないのです


そうした 親の手伝いという大切な事を

しているのです

私はいつも これをしています


まず朝起きると まっ先に東の空を眺めて

その空を 紅に染める手伝いをするのです

先ず魔法の小箱を開け 筆をとり出し

東天を 紅に染めるのです


これは 太陽の昇ってくるのを 

その前途をきよめ むかえるのです

これも 知的な人々から比べると

バカのすることです


こうして私は 宇宙という親から

離れずに

その運行の手伝いをしています

こんな幻想を宝として 生きて

いるのです


これが私にとって 欲幻想の

この人間生活から

親を忘れず 親の手伝いという

大事なことをさせてくれている

重大行事なのです


無価値と思われるような 幻想の

手伝い

これが詩情の世界展開そのもの

なのです


合理知と詩情はこのように 異なる

ものがあるのです

幻想を持たない者は 詩情を

忘れてしまいます

神話を忘れてしまいます

そして知的 哲学的 科学的世界を

うろつきます


そのうろつきが 欲人間へ定着させて

しまうのです


人間にとって 最も必要なことは

このヘルプと 幻想と 遊戯性なのです


2005.12.31.

| 2005年 | 16:35 | TOP↑

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ヘルプ者はつっ立つ

ヘルプ者は 自信をもって

つっ立つのである


天の継承者は

つっ立つ形相と オチャメの

遊戯なる形相をもつ


悠々と歩き オチャメの顔の

光に輝いている

神話の形相とは それである


詩とはこうして 永遠なる未来時間の

上を

悠々と歩くものである


2005.12.31.

| 2005年 | 15:35 | TOP↑

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ヘルプ (1)

ヘルプ 遊戯 幻想

この三つの要素が

この宇宙展開である


宇宙の真理は

三要素によって成り立っている

この三つが 自らである


自らなる者は 自ら燃え光を

はなつ

オチャメであって

ヘルプ者であって

香りの幻想に世界を

つつむ者である


太陽が光を放ち ゆっくり

動いているように

自らはつっ立ち 香りを放って

ゆくのである

踊りとは 舞とは それである


それが詩であり 神話である


金の竪琴を奏でる者

その調べは その者の法である


2005.12.30.

| 2005年 | 15:33 | TOP↑

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物質としての生命

この物質としての生命と 精神的生物

としての生命の二重性を

如何にしてコントロールしてゆくかが

意識と肉体の二重性の中で

なされてゆくかが

これからの課題である


その機械化 即ち一般化される為に

電磁波 電子頭脳の研究が必要と

なってくるのである


DNAは一つの機械である

その機械を どのように改良して

ゆくかが問題である


そしてその前に 「人間とは何か」が

明白にならねばならないならないのである


DNA RNAの核酸を構成している

基本単位は

塩基と糖とリン酸の三つ成分が

つながったものであるが

それ等のもとに

黄金の音波と 色彩波と 香り波という

物質的 精神的な音楽による

遊戯性と 幻想性と ヘルプという

重大な三要素が

含まれていなければならない

でなければ DNAを元にかえせないのである


2005.12.29.

| 2005年 | 10:25 | TOP↑

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おお みんな

おお みんな おお お前たちよという

言葉がつくり出された


これは 対話は相対であると

気付いて

足に礼拝した時から

起きてきたのである


すべてへの呼びかけの言葉である

仲間たちへの呼びかけである

これは 相対からくる対話ではない

仲間入りである


すると すべての物たちから 仲間に

入れとみちびいてくれる様に

なった


これによって 初めて言語をやっつける

ことが出来た

これは たいした事である

長らく約30年間 言語から自由に

なる事を考えつづけてきた

それが今 自由になったのである

言語をやっつける事に 成功したのだ


これさえ出来れば 太古の人の

ようになれるのだ

うれし涙も出ない程の感激


2005.12.27.

| 2005年 | 10:24 | TOP↑

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幻想の命は手伝いにある

すべての物が 別々の形相をもって

遊戯する事となった

柿が色づくのも オチャメの遊戯

天体が動くのも オチャメの遊戯


暁紅の朝と 夕べの花化粧も 

オチャメの遊戯

宇宙はこうした幻想曲を 奏でている


おどりそのもの

舞そのもの

すべて互いに 手伝い合いながら

存在している

いつ終るとも分らぬ 遊戯の中で


詩と神話の羽音がのこる

春が来て 夏が来て

秋もおわり 冬がくる

手伝い 手助けをしながら

夢みる役者がおどる


天体はまわる 

天体は動く

幻想のお祭りは 一向に

やもうともしない 手伝う者は

その歴史を書く 幻想の歴史を


2005.12.26.

| 2005年 | 20:04 | TOP↑

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香り高き高貴なる者

人間の最終的な姿は

夕焼けの女神の如く 「つっ立つ」事である


これは確立である

「無価値」なるよろこばしき者が

自信に輝いて つっ立つのである

知力も 言語も そこでは通用しない

のである


軽やかなる幻想の王者は

そこに実現するのである

つっ立つ者が


ヘルプ者として つっ立つのである

香り高き高貴なる者が


2005.12.24.

| 2005年 | 19:59 | TOP↑

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感情をコントロールせねば

踊りは 

軽やかなものから出てくる


金の光の粒と 波が湧き立って

くるのである


感情というのは

価値から 生まれてくるのである


出てくるしかない自己が

なかなか コントロール出来ない

金の波動を知っても 感情を

コントロール出来ていないと

本物にはなれない


人間には 知的から来る迷いと

感情から来る迷いの 二つがある

この二つを コントロール出来な

ければ

完全な者とは いえないのである


知的な迷いは 思考を止める事が

出来たが

では感情は どうすれば止まるのか?


よろこびもまた 感情からでてくる

ものである

本当のよろこびは 「いぶし銀」から

出てくるのである


金に定着しようと 欲するものは

まず 「いぶし銀」にならねば

ならないのだ


2005.12.23.

| 2005年 | 22:56 | TOP↑

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銀が金になる

夕焼けは 香りの反映

「よろこび」は 無価値から出てくる

そのよろこびは 軽やかなるものとなる


無価値のよろこび その香り

その反映が 夕焼け空の涙となる

よろこびに満たされ

黄金の光の粒と波となって 湧き

立ってくる

アホの顔も それを教えてくれていた


また ニコヨンの中国婦人たちの

いぶし銀も それを教えてくれていた

何の報酬もないのに 祭りのあとの

掃除をしていた ニコヨンの婦人たち


やっとやっと 行きつけた

2005年12月23日の朝に

80才の年が 81才にかわろうとする

このクリスマスの前々日に


(よろこび)なんてものは本当の

ものでなく

まだまだ感情から 出てくるものだと

いう事と

本当の「よろこび」というものは

あの「いぶし銀」から出てくるものだと

分ったのである


何のにごりもない つっ立ち

いぶし銀が 金になるのだという事を

知ったのである そして

香りはそこから 出てくる事を――


やっと涙の出場所が 判明して来た


2005.12.23. 


ニコヨン……かつて、日雇労働者を意味して用いられた俗語。

東京都が1949年に定めた日雇労働者の定額日給が240円であり、

百円札が2枚(2個)と、十円札が4枚であったことに由来する。


| 2005年 | 22:51 | TOP↑

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