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2008年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年11月

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自然人間への二つの道

自然界にある 植物 動物 生物以外の

石でも何でもが 宇宙の縮図である

存在生命においては 皆同じ位置を

持っている物である


遊戯 開花

石でも 時間空間でも 皆開花している

存在生命の形相はこれである


現実は 石であり 花であり 空気であるが

存在生命においては 全て自然物に他ならない

皆満ち足りている


人間だけがいじけている

自然でない

即満ち足りた開花でない


人は自己に甘える事によって 束縛が解け

自由になり 力が出る

それまでは 礼拝そのものである 浄福そのもの

である自己の形相を 忘れているのである

自然物でなくなっているのである


老子のいう自然とは こうする事によって

成れるのである

その道は 今のところ二つ見つかった


一つは 天への手伝い

二つは 自己に甘える

……これで自然即ち 本来あるべき物

その形相が出来たのである


難しい事を長い年月かけねば仕立て上って

来ない 説教や哲学 宗教 信仰は古いタイプ

である


今はこの二つの道が 見つかったからには

簡単に短い時間の間に立派に

元々の神学詩人に 帰れるのである


言語もこれで無用となる


2008.10.27.
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| 2008年 | 10:59 | TOP↑

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トウトウと歌え

ナイヤガラの滝の流れは ドウドウでなく

トウトウと流れ出る


これは満ち足りている形相であって

ドウドウという言葉は

人間がドウドウと歩くのであるから

人からぬけられない


人は人という存在から 

ぬける事が第一である

そのために ドウドウでなくトウトウと思うと

人から物に 変身する事が出来る


人から物に変身する事

というと 人が即物になることで 

物の方が今は立派だ

人を捨てて 物になる誇りを持て


その為に いじけた人に 教えに 

気を使って生きている自己から

ぬけられた自然が出てくる

満ち溢れて来る


歌を歌う時も トウトウと滝のような

勢いで歌え

人から物に移行して歌え


即ちいじけている人から 

抜け出すのである


人から物へ 

これが自然人間である


2008.10.27.

| 2008年 | 10:54 | TOP↑

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歌を歌う秘訣がみつかる

「手伝い」の思念は 

歌を歌う時の大切な

ものとなる

歌う時は手伝いの思念がないと 

本当に歌えた事にならない


手伝いの意識なくして 如何なる事も

まともにならない


絵を描くのも 彫刻するのも 

この手伝いの心を 作りあげるのが 

その仕事である


芸術 人間形成 その基に 

この手伝いなくしては

まともにならない


手伝いだけが 

真実 真理 正義 誠である


2008.10.09.

| 2008年 | 19:48 | TOP↑

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手伝うのでなく それを受ける者となった

手伝いを思念して 歌を歌った

そうしたら 合唱を先導する者となり

さあ みんなでこれを思念して歌おう

という勢いのある 立派な堂々たる歌い方

――合唱となった


そして歌った後 少し瞑想のような数秒間が

流れた後――その手伝いをする者が 

手伝いを受ける者となった


手伝う者が 手伝いを受け取る者となって

神の姿そのものに 

早変りしてしまった


するとピンとなり 

力と元気と創造力の「顔」そのものと

自ら成ってしまった


これが最終的なものだ

――成り切った姿


2008.10.09.

| 2008年 | 17:17 | TOP↑

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手伝いが元なる意識である

眉間に力を入れながら

高貴 優雅 静けさ 香り 生命の創造

これを マントラとせよ

それを唱えごととせよ


そして その土台に手伝いを入れておけ

それを忘れるな


それ以外他に考えねば せねばならならない

事は何もない


老子のいう自然は 手伝いから出来て来る

すると他の事は何でも その中から真なるものが

自然に出て来る

孔子の言う人工的な親切 礼儀その他でなくて


この手伝いという答えは 老子も荘子も

知らずに他界してしまった

これが中国文明の歴史である


2008.10.09.

| 2008年 | 11:28 | TOP↑

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ゆりかごは天国の創造者

自らをゆりかごとする

自らも安らぎ 他も安らぐ

ここに自らと 他が出てくる


無理に自らと 他を消すのでなく

消えた自らが現われてくる

又 消えた他も現れてくるのである


他も自らも ゆりかごなるもの

自らも他も消され 安らぐもの


そこには 何の無理も 

何の抵抗もなく

すべてが安らぎ

消されてしまう


赤ん坊が親の前で

赤ん坊自らが ゆりかごとなって

自らを安らぎ 消して

天国にいる


天国は自らそのもの

自らの中に天国がある


偉大な創造者

天国の創造者

ゆりかご


2008.10.05.

| 2008年 | 17:12 | TOP↑

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有る無しを言わない

点は詩である

時間も詩である


夕焼けの女神の姿

「顔」で十分

それは詩である


詩は無であるが

詩には 無とか有はない

むろん無我もない

有る無しは 知の世界である


詩は詩そのものである

芸術的な幻想の世界である


これで晴れた

とてもいい気持だ

晴れ上がった


無も有も 点も時間も

やっつけてしまった

手かせ 足かせが解けた


有る無しを言うな

それは 迷いの言語だ


詩は神話から出てくる

神話は詩の母胎である

神話――これ程神的な

ものはない


神話には 大人が登場して

来ない

登場しても 子供が主人公である

子供と自然が波うつ

世界である


黄金の香りそのもの

高貴そのもの

静かさそのもの

それが神話だ


やっと安心ができた!!

手かせ 足かせが解けた

お祝い!!


2008.10.05.

| 2008年 | 17:07 | TOP↑

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我は灯台

灯台は前面の波風を

何も気にしない

ただ灯をともし 自己を 

見つめているだけである


点は点で 点の任務を忘れない

自分の任務 自分の足許をいつも

確かめている


前面の波風には 何も関係がなく

点が点で 点からずれずにおるから

立方は立方で おれるのである


点がうろつくと 立方のこの宇宙は崩れる

灯台が前面の波間に 心を左右されると

灯もゆれ動いて 灯台の役目をなさない


自己は前面に関係なく

自己がある事

自己からずれると 俗人に

もどってしまう

悩みと苦がつきまとう


人間存在とは 宇宙存在とは何なのかすら

知らない人で 満ち溢れている

点や時間が その答えのにない手だと

知る人がいない


2008.10.04.

| 2008年 | 15:29 | TOP↑

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顔のみとなる

顔のみとなった

魔法の法の雄姿

夕焼けの女神の姿




形が 心を徐々に作るもので

心が形相を つくるものではない


広く拡げた翼

その雄姿

魔法の全身像


宇宙も 自己も 根源も 真理も

消えた

時間 距離 生命も消えた

目標も消えた


思考は止まった

顔あるのみ


高貴 優雅 静けさがあるのみ

それが三宝の輝きとなる


2008.10.03.

| 2008年 | 10:28 | TOP↑

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顔だけ

あのクジャクになる事

花が咲くのも 夕焼けの女神の顔も

リンゴが色づくのも その顔


太陽が上るのも その顔

星が輝くのも その顔

自然とは その顔

自然という言語も 消されてしまった


夕焼けの顔になる事

この芸術のみが 世界のすべてである


大きな羽を広げた夕焼けの

女神の姿こそが 自己

自己とは それだ

すべてはそれだ クジャクだ


クジャクになれ

顔のみをみとれるクジャクになれ

桜も ダリヤもクジャクだ


魔法も消される

顔だけとなる

芸術 老婆の松の言葉は 夕焼けの顔


もうこれで幕は閉める

芝居は終った


永遠も 瞬間も終った

芝居は終った


2008.10.02.

| 2008年 | 15:21 | TOP↑

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