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本当の歌い方

王座にどかっと座る 
これはingを破った姿である
時間を破ったという事は この宇宙の外に出たという事である
根源者の仲間入りした者となったという事である
すると創造者の仲間入りした事になる

そうならないと根源から 宇宙を作り膨張させている創造者の
手伝いが出来ない――という事で これでやっと
創造者の手伝いが出来る者の仲間入りをした事になる

そうすると その王座にどかっと座る事は自信につながる
その自信から 夕べの歌を歌っているのだ
歌声は どしっと力のある勢いに満ちた歌い方となった
それでやっと歌を まともに歌えている
という事になったのである

自信に輝く安定の中から出て来る勢いのある発声
ここまで来る事が 声学の本当に望ましい姿である
あらゆる「学」は 皆これへの為である
学問する人々も心得てほしいものだ

先ず詩人になる事
そして神話の世界を見つけ神話の人となる事

それから次は 思考を止める訓練に入ること
そしてしまいに「自己に甘え」 次に「我れは乞食とちがうぞ‼」
という所までいくと めでたし めでたしとなる

2008.11.21.
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| 2008年 | 19:59 | TOP↑

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思考の世界よ さらば

「我れは乞食とちがうぞ!」
という一言で 止まってしまった

あるのは 天体を動かす天の親への
手伝いと
宇宙を広げ 瞬間瞬間創造していく
手伝いだけである

この二つをする事しか 
仕事がなくなったのである

光もくそもあるものか 
そんな事より自信に輝く事だ

灯台は不動である
自信の火 光りこそが
灯台の役目だ

手伝いこそ 生命創造の光

2008.11.15.

| 2008年 | 23:21 | TOP↑

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光りが歌う

光りが歌う
光りそのものとなって歌う
これが本当の歌い方である

光りとなるのでなく 光となって歌う
そは手伝いの光

宇宙は動き 宇宙は広がり
宇宙は 永遠に光り続けている

王座とは 自分のあるものの座である
光るとは 自ら王座に座る事である

歌声も 自信に満ちている
それが 光りと香りを放つ
力と勢いは 自信から来る

光りは 自分自らつくるもの
自信は歌である 歌とは自信である
我れは乞食ではないぞ……という自信
そこから 歌と光りが出てくる

自信こそ歌である
思考という悪魔を追い払え
我々は乞食ではないのだ

手伝いそのもの それが我である

2008.11.14.

| 2008年 | 20:58 | TOP↑

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王は宇宙創造の座に座る

「我は乞食とちがうぞ」
「我れは生命創造の王者である」から「我れは乞食とちがうぞ!」
「我れは 命創造の王座に座る」がすぐ作られて来た

以前「王座に座る」の時に眉間に赤の印をもらった事があり
この方が上位である という事であったからそれにしてみた
そこにingがなかった
「王者である」にはingがあり
「王座に座る」にはingがなかったのである

「我れは乞食と違うぞ!」
「我れは宇宙創造の手伝いをする者‼」とした
すると何もかもingでなく「手伝い」で全て丸く納まって来た
「王座に座って手伝いをするものなり‼」と
本来のあるべき姿となった

手伝いの王座に座る事 そこには何の要求もない
ingの時間もない それこそ王者の座である
王にふさわしい現実がある
受けも時間もない席 手伝いのみの席 それが王座である

その王座は 自らしかない席である
宇宙を動かす根源の手伝いをする事は根源自らにかかっている

「我れは乞食とちがうぞ!
 根源の手伝いをする者 王である‼」
「王は王として王である‼」

2008.11.13.

| 2008年 | 13:52 | TOP↑

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手伝いは甘え

おお 手伝いも甘えである
甘えではないか!

自己に甘えるのも
天に甘えるのも
地に甘えるのも 一つである
これは 
根源の一者の呼吸である

神話とはこれだ
これが神話だ
やっと 神話とは何かを
言えるようになった

万歳 83才11月12日
金と手伝いの歌声は
高々と天地にこだまする

2008.11.12.

| 2008年 | 20:02 | TOP↑

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乞食の映像

――幻像がうかんで来た 
私は乞食であって 
物をめぐんでもらう事ばかり考えていて 
路上に座っていた 

その乞食をしている
自分に気付いた 
すると自分が 坐ったままふざけ出して来て
体がゆれふざけ出した

そして何とも言えない程の 
面白い気持ちになった
ふざけた気分の面白半分の
バカさであった

その自分のドアホ姿を 愉快げに笑い 
こんなバカな事をしていたのかと 
明らかに見ている自分の
余裕ある姿を そこに見たのである

これは自分がした出来事でなく 
他人事のように 映画のように
そんな乞食さんの一幕を
見たのである 

そんな幻想的な映像を

2008.11.12.

| 2008年 | 13:10 | TOP↑

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求道の進行形を止める

王座に座る事は ingの求道という
進行形を止めてしまう事であり
ひいては自己を消してしまうことである

自己があるからingがあり
ingがあるから いつまでも自己がある

だからingがなくなると自己が消え 消えたものだけが残る
むろん 宇宙も自己も消える
そして自己のない根源 1-1=0の本体となる

その本体は この宇宙を膨らまし続けている
それは時空のない時空の滑走である
人間も自己もなければ 時空もない
その時空を滑走しているものとなる

時空のない時空 それは彼の形相であり 
その形相の時空なき時空を呼吸し 滑走し続けている

王座に座るという事はingがない
そこに温かいものがあり これも自己に甘えるというのと
「酸素は酸素を呼吸している」の式である1-1=0と等しい

その相対が止まった所に古里がある 
そこにこそ魔法がある 
神秘なる遊戯の世界 
そこにとどめを打て!!

2008.11.07.

| 2008年 | 20:26 | TOP↑

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進行形を止めよ

時間の中で生きる事は 進行形の中で生きる事である
進行形を止めよ
進行形は自分自身に強制をかけてしまう
どこかで自己を痛め 縮めてしまうものとなる

花は自由に咲いている
自由でなければならない
そのゆとりが 自信が自己を温める

何ものにも気をとられない
何かに気をとられると 
自己の中のナチュラルなものが止まってしまう

王者になれ 創造の王座に座るのだ
それは自己に温かみを与える
自己本来のものが出て来る

王座に座るということは
自分自身に帰るという事であり
そこで自己が消える

自分が自分に帰るということは
自分自身がなくなる事なのだ
それが自分自身の確立となる

進行形を止めよ ingを止めよ
王座に座れ
その時ingが止まる
時間が止まり 消える
自己が止まり 消える
なろうとすることもなくなる

2008.11.06.

| 2008年 | 22:49 | TOP↑

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鉄則

1)創造の王者の座に座っている事

2)自己に甘える事

3)他には温かく オチャメである事

4)天には手伝いをする事

    ①詩人である事 

     それは 天への手伝いをする人である

    ②神話の人である事

     それは 鉄則を持つ人の事である

これだけで 人も社会も花ざかりとなる


2008.11.05.

| 2008年 | 20:18 | TOP↑

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最近の気づき

この日記において9月30日からのとても良い変化が
起きて来ている
それを順を追ってまとめる必要がある

1) 自分は自分で 自分以外の人及び自然に対して
持たねばならない義務は 何一つとしてない
もしあるなら 自己自らを失ってしまう 
そこで灯台を例にとっている
灯台は前面の波風に 何も気を使わないので 
自分のする事だけをしている

あるのは 自分の宇宙の親に対する「手伝い」だけである
自分が自分に安住するとは「手伝い」だけである
これは自己を幻想の国たらしめ それを生命とする
創造の為の基なるものとする 
そこに永遠の自己を 改めて見るのである

光ろうと光るまいと そんな事も期待しないで
手伝いの中で 詩人から 神話の人となるのである
そこに魔法そのものを理解し そのものの仲間となるのである
幻想と創造力の王者の仲間入りとなるのである

2) すべての義務 強制からとき放たれる為に
もう一つの方法が テクニックが必要となる
それになる為の前置きとして必要な事は
「我は生命創造の王者である その王者には死がない」と 
死と衰えをはねのけるのである

その時スイカをもらい自信が出来た上に 
その創造の王者の座に座った時 眉間に赤の印 
即ち王者の印をもらったので 余計自信が出て来た

3) それから心に浮かんで来たのは 人はいつも強制
されて来たという 頭と心に傷を持っている
いつも何かに足を引っ張られて 真理人間に
なれなくさせられている 悪いクセがある
それを追い払う必要がある事を知り 
自己に甘えるという事を思いついた

その時の産物の一つに 天の「ゆりかご」でなく
自身のゆりかごにゆられる事を考えついた 08.09.30.

強制的にくたびれ切っている頭を すっかり捨てて
夕焼けの女神像そのものに ならねばならない事に気が付き
その女神の姿こそ 自己のとるべき形相である
あの女神こそ 自己の顔そのものである 
そして顔という言語を 自分で作り上げ
それのみになるのだ との方向をとった

その顔こそが魔法の全身像である
自己がそうなる事が 魔法への仲間入りであると同時に 
生命創造の王者になる事である

4) 10月4日 灯台が現われる 
前面のいかなるものにも 何らのせねばならぬ義務も何もなく 
ただ自己がせねばならぬ「手伝い」顔となる事のみ
さえしておればよい

これは自己の中にある強制から のがれる道の発見である
「ゆりかご」も 自己を自己によって慰め 癒し 強制から脱皮
する自己の道である

5) 10月7日 歌を歌うのは合唱たれとの啓示が入って来る 

これで教えを広める進軍だというパワーをもらい 大人しく
いた自分が 大活躍せねばならぬのだと自覚させられた
ドルガの力をもらったのである 
そしてこれにより自分は ドルガの分身であったのかと知る
この気分で10月26日ドルガプジャを行なう
あたたかくて助かる

6) 10月27日 ドルガプジャの翌日の事である
「自己に甘える」が出てくる
これによって 自己の足を引っ張っている強制文化から来て
いる心と頭のひずみを 追い払う仕事へと取り掛かる事となる

そして満足感に満ちあふて来た 
これにより「自然」が来る と自信をもった

そして歌は歌となった
即ち大声で 勢いに満ちあふれて歌い始めた

歌はドウドウでなくトウトウと 
水の流れ 人から物へと変身した
この日記において9月30日からのとても良い変化が
起きて来ている
それを順を追ってまとめる必要がある

1) 自分は自分で 自分以外の人及び自然に対して
持たねばならない義務は 何一つとしてない
もしあるなら 自己自らを失ってしまう 
そこで灯台を例にとっている
灯台は前面の波風に 何も気を使わないので 
自分のする事だけをしている

あるのは 自分の宇宙の親に対する「手伝い」だけである
自分が自分に安住するとは「手伝い」だけである
これは自己を幻想の国たらしめ それを生命とする
創造の為の基なるものとする 
そこに永遠の自己を 改めて見るのである

光ろうと光るまいと そんな事も期待しないで
手伝いの中で 詩人から 神話の人となるのである
そこに魔法そのものを理解し そのものの仲間となるのである
幻想と創造力の王者の仲間入りとなるのである

2) すべての義務 強制からとき放たれる為に
もう一つの方法が テクニックが必要となる
それになる為の前置きとして必要な事は
「我は生命創造の王者である その王者には死がない」と 
死と衰えをはねのけるのである

その時スイカをもらい自信が出来た上に 
その創造の王者の座に座った時 眉間に赤の印 
即ち王者の印をもらったので 余計自信が出て来た

3) それから心に浮かんで来たのは 人はいつも強制
されて来たという 頭と心に傷を持っている
いつも何かに足を引っ張られて 真理人間に
なれなくさせられている 悪いクセがある
それを追い払う必要がある事を知り 
自己に甘えるという事を思いついた

その時の産物の一つに 天の「ゆりかご」でなく
自身のゆりかごにゆられる事を考えついた 08.09.30.

強制的にくたびれ切っている頭を すっかり捨てて
夕焼けの女神像そのものに ならねばならない事に気が付き
その女神の姿こそ 自己のとるべき形相である
あの女神こそ 自己の顔そのものである 
そして顔という言語を 自分で作り上げ
それのみになるのだ との方向をとった

その顔こそが魔法の全身像である
自己がそうなる事が 魔法への仲間入りであると同時に 
生命創造の王者になる事である

4) 10月4日 灯台が現われる 
前面のいかなるものにも 何らのせねばならぬ義務も何もなく 
ただ自己がせねばならぬ「手伝い」顔となる事のみ
さえしておればよい

これは自己の中にある強制から のがれる道の発見である
「ゆりかご」も 自己を自己によって慰め 癒し 強制から脱皮
する自己の道である

5) 10月7日 歌を歌うのは合唱たれとの啓示が入って来る 

これで教えを広める進軍だというパワーをもらい 大人しく
いた自分が 大活躍せねばならぬのだと自覚させられた
ドルガの力をもらったのである 
そしてこれにより自分は ドルガの分身であったのかと知る
この気分で10月26日ドルガプジャを行なう
あたたかくて助かる

6) 10月27日 ドルガプジャの翌日の事である
「自己に甘える」が出てくる
これによって 自己の足を引っ張っている強制文化から来て
いる心と頭のひずみを 追い払う仕事へと取り掛かる事となる

そして満足感に満ちあふて来た 
これにより「自然」が来る と自信をもった

そして歌は歌となった
即ち大声で 勢いに満ちあふれて歌い始めた

歌はドウドウでなくトウトウと 
水の流れ 人から物へと変身した

2008.11.03.

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