2009年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年11月

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感謝は魂の古里

魂とは感謝の別名

感謝の別名は魂

感謝の寝床の上でねてしまう

感謝 魂なる者よ!


寝てとけてしまえ

秋祭はその祭りだ


感謝は魂そのものである 

それが 秋祭として

あらわれて来ている


無知 無学な人々のつくった文化が 

秋祭としてのこっている 

秋祭の偉大さがそこにある

昔の人はそんな立派なものを のこしてくれている


人は感謝という魂の古里にかえると

「感謝」という古里の中に とけ込み

この世界を忘れて 寝てしまうのである


即ち古里の中へ とけ入ってしまい

ドドドン ドドドンの踊りが始まるのである

「秋祭」はその文化祭である


「秋祭り」は 魂が古里の詩の中へとけ入る時の

祝いの祭りである

ドドドン ドドドンの音の中へ消え寝てしまい

おどり出す祭りの瞬間である


そこに永遠の世界があり 時の流れる世界がある

感謝の中へ 永遠なる中へ


時は感謝の変身である

感謝以外に何物もない

永遠が時であり 時は永遠である


時は感謝そのものである

その時の上にゆられて

我々は寝てしまうのである

感謝の寝床の上で 寝てしまう者よ
  

2009.10.15.
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| 2009年 | 08:25 | TOP↑

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秋祭とは

秋祭のよさ

これぞ 本物のする事

人間に最も大切なもの


太古の人はこうであった

一元も二元も 知識もなかった

そして幸せであった


むろん言葉もなかった

言葉は 悪魔の作ったものである

それを使って人は 悪魔の仲間入りをする


言葉は悪魔の使い手

悪魔の使い手が言葉である


金も知恵もそうだ

悪魔は仲間を作る為に

それらを人に与えた


悪魔の仲間入りしたのが人間だ

言葉を使う生きものだ


悪魔は仲間を増やした

それが人間である

自分を善人だと思わされて

言葉を捨てずに過ごしている


大昔は言葉も詩も二元も

芸術もなかった

むろん美もなかった


あったのは 感謝だけであった

秋祭の場だ 行為だ 

それが今も残り 伝えられている


何はともあれ ドドドンと唱えると

秋祭がつくり出せる

ありがたい方法を見つけたものだ

有難い


ドドドン ドドドン ドンドンドドドン……


「感謝」の秋祭り

無学な人々の 農民の持った

すぐれた文化だ


秋祭


2009.10.02.

| 2009年 | 15:44 | TOP↑

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ほほえんでいるだけの顔

祭りの太鼓は楽しい

ドドドン ドドドン


ほほえんでいるだけの顔

そのリズムが ドドドン ドドドン


ほほえみが 音楽となったら

ドドドン ドドドンと鳴るよ

それだけで十分


大昔の顔が出来たよ

やすらぎの顔が

論理の世界が入らない顔の

人が出来たよ

ドドドン ドドドン ドドドン ドドドン ドドドン


2009.10.01.

| 2009年 | 08:53 | TOP↑

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