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実現すべき九つ

『素朴な人は求道も考えない 苦も持たない

ありのままに 自然と共に無欲で生きている』


人間と社会の為に 最も大切な九つの事

これは今までの歴史の闇を破つような 

画期的なものです


これは三種類から出来ていて

その一つ一つに各々 又三つあり 計九つの

知っておかねばならぬ事 

実現せねばならぬ事があります



無価値

軽やかなるもの

よろこばしきもの


物や時間は先ず 相対と欲をもっていない

そしてこの三つの本性によって出来ている

価値観は人間(欲人間)だけが

持っている言語観念である


人間は人間にとって 

価値あるものばかりを求めている

求道も学問も皆 そのたぐいである


物を貯め 物を持つのも

人間苦から守るという欲から出ている


欲は自分にとって 価値あるものを求める


元々自分があると意識が 

間違っているのである

それは言語をつくって 

相対人間になったからである



遊戯性(オチャメ)

幻想

ヘルプ



素朴な人は オチャメを持っている

知的な人は それを失い 

現実の世界の中で生き

しかも悩んでいる


この3つを持つと 根源に入ることが出来る


オチャメをなくすと 

人はあれこれ知的に考え始め
 
そこから思考がおきて止まない
 
それが悩みであり求道となる



黄金の音声波動

黄金の色彩波動

黄金の香り波動



これは根源の世界のものであり

ブラフマンは

この三つによって出来ている

いわゆる宇宙意志

かつてこれを見つけた人は 一人もいない 

仏陀とて


ここまでくる為に 先ず言語をやっつけ

相対観念をやっつけ

物や時間(幻想の持主たち)の仲間入りを

する必要がある


2006.04.11.
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| 2006年 | 22:09 | TOP↑

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吸い込まれて踊る者

ドルガ女神は踊る

両手を上げて

吸い込まれて 踊る

自己が踊る


ラーマクリシュナと ドルガ(カーリ)が

消される者と 消すものとして

人間界にあらわれた


そして人を オチャメに導いた

のである


2005.12.09.

| 2005年 | 21:39 | TOP↑

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吸いこまれるものの数式

ドルガ女神は ブラフマンであったのだと

思ったら

突然変な事がおきた

ドルガ女神が 吸いこまれる者となって

ブラフマンに吸いこまれる状態となった


という事は 元に帰れた状態を作った

事になる

するとドルガ女神は ブラフマンになって

しまって

消えてしまった事になる

という出来事が 心眼に見え映った


そこで次の方程式が出来上った

0+1=0


ドルガが0に合流して 1が消えて

しまったという数式である

真理が数式となったものである


1が0に帰るには

吸い込まれねばならないという

物理学と数学が生まれた


この反対の数式も同じである

即ち 1-0=0である


2005.12.08.

| 2005年 | 21:36 | TOP↑

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天体を動かす手伝いをする

私は天の手伝いとして

太陽の上る前に 東天を紅に染めて

太陽の出てくるのを

祝うことにした


魔法の小箱を開けて 絵筆を

とり出し

紅を東天に塗りつけた

ウシャス女神のように


それともう一つ

バカげた事と思うが

天が 天体を動かしている

それを手伝った


両手を上げて 天体を動かす手伝いを

したのである

いかにもそんな事は バカのする事だと

人は誰でも思う


天体を両の手で動かす……?

バカではなかろうか


バカといわれてもよい

そのほうがよいのだ

人々は 理性の中で生きている

だからバカ者め と思うのであるが

私の方がもっともっと賢い


理性の中に住まず

空想の世界 幻想の世界に

住んでいるのである

その者の方が やる事が賢いのである


近代人は特に 現実主義になり

幻想をもち合わせていない

この幻想の世界こそが 一番大切な

世界なのである


宇宙の基にあり また現実においても

この幻想が 要(かなめ)となっているのである

もし神があるとすれば

神は幻想の使い手である

神には現実は 何も関係がない


人が死のうが 痛くも痒くもない

そんな現実こそ 煙のような

吹けば消えてしまうものである


私はその幻想に眼をつけて

それになり切った


両手を上げて 天体を動かす手伝い

を始めた

この出来事が

詩の世界を私の中に 築き始めた


2005.12.02.

| 2005年 | 21:31 | TOP↑

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話し声に金が出だした

12月ともなった

明日はクリスマスツリーの

準備をする事になっている


3日間 雨が続き 少し寒くなっていた

それが今日は 久しぶりに晴天となった

今日はDVDの機械を買って来た


その際マーケットをうろついている時

自分の声に 金の音色が出ているのに

気がついた

歌う時の歌声には いつも金の音が

大きく出ているのだが

話し声にそれが出たのは 初めてだ


さて ここまで来るまでの歴史を

たどって見るのも 必要な事である

日記帳を開けてみた

05.07.13以降のものを紐解いた


まず第一に 足を礼拝した事が

そのきっかけとなっていた


或る日のことウィンコというお店に行った時

足に「対話」をひっつけてみた事から始まる

というのは

その頃少々「対話」というものはいらない

事だと思い始めていたからである


なぜなら 相対の中にいる者にとって連鎖とか

「対話」という言語が必要であるが

一元の者には わざわざそんなものはムダである

と思い出していたからであった


それでウインコでもう一度 足に対話をひっつけてみて

足が以前のように 震え上がりタップを踏み始めるかと

試してみようという事であった


以前にレイリーズのマーケットで 足に対話をひっつけたら

足が急にタップを踏んで踊り始めたからであった


今日もそれをやってみて「対話」の効力を試して

みたくなった

そしてマーケット内で 足に「対話」をひっつけてみたが

震えもおきないし タップを踏んで踊り出す事も

何もおきなかった


これで「対話」に関しては

もう卒業したのだと思うようになった

そこで 家に帰って 足だけに足文明をくっつけて

「対話」を蹴落としてしまった


足は頭よりかしこい――という事で

足に真なるものを 教えてもらうよう

足から 真なる知恵がわいてくるように

足に意識を集めていた


そして大切な事は その足を礼拝した

足に何かを求めるより 足を拝むことが

大切だと気付いたからである


そういう事で足を礼拝した

そこからである 

新たなる閃きの知恵が 湧き始めたのは


そして私は 我が足を礼拝できる

ようになったのである


足は私に 知恵を与えはじめた

蜜蜂に花を与えるように


その蜜が私の中にたまった頃

自分のお祈りの歌声に 巾があるのが

見え始めたのである


そしてその巾の中に 金の有る事が

分りはじめた

金の音の波動 金の色の波動

そして終いに 香りがやって来た


金の香りがつっ立ったのである

金の翼は 天空をかけめぐり

はじめた

新たなる生命が出来はじめた

オシリス王のように


私は甦った!! 


2005.12.02.

| 2005年 | 21:23 | TOP↑

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金の香りで立つ者

二元がなければ 一元もない

一元と二元を論じるのは 二元だからである

そこにあるのは 金の詩の香りだけである


一元も二元も無いから 軽やかなるものである

軽やかなるものには 人とか 物とか 相対とか

対話もない


軽やかなるものは 自由な風のような

とらえる物のないものである

だからとらえる価値というものが 無いのである


自己を見てみよ

金の波動で 光を放っている

昼も 夜も 朝も

金の波動で物が出来 光まばゆい


金の香りでつっ立つ自己となれ

それ以外に 意識を走らせるな

考える事がやまって 光って来る


宇宙は 金の香りの大合唱である

よろこばしきもの 汝

つっ立つ者よ


一者こそ我が相(すがた)


2005.11.22.

| 2005年 | 20:59 | TOP↑

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無価値とは

無価値とは

一人つっ立ってある者

金声と金色をもって


その雄姿が 宇宙となる

宇宙とは その雄姿の香りである


2005.11.17.

| 2005年 | 20:55 | TOP↑

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無価値の勇者よ 来ておくれ!!

13日 14日 15日と夕焼けの女神に会えた喜びで

涙ぐましい日々が続いた 

そして人間の命は 命ではなく

それは個なる自己が考え出した命であって

人はそれに価値をおき 間違った生命観を

持ち続けて生きている事に気がついた


それが夕焼けの女神を感じとってから

すべて宇宙は 神話に飾られており 

それが神話生命というものであり 

自己がその神話生命である――と知った


あらためて 自己というものの生命を見つけたのである 

その喜びで泣かされていたのである


にゅう麺をすするその中にも 金音と金色が

現れて来たりして 

すべてが金以外の何ものでもないことを 

更に感じとらされた


そしてすべての中に 金の音と色が出てくる 

見えてくるであろう事を 期待せざるを得なかった 


昨日夕焼けの女神は 金の香り

そのものであると思えるなってから

余計新たなる世界のはばが広がって来た 

音 色 香り この三つが現われそろったのである


そしてその三つが すべてとのふれ合いの中に

見え感じとれる為に やはり無価値という中心なるものに

たよる他なかった


すべての中に その無価値なる勇者を見る事 

それによって

三つの神話の真相が 見えて来る事を願う


無価値の勇者よ 来ておくれ!!

来ておくれ!!


2005.11.16.

| 2005年 | 20:53 | TOP↑

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あなたのすべてがピュアーだ

あなたのすべてが

ピュアーにみちている

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたのすべてが

ピュアーにみちている

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたの耳も 口も 頭も

あなたのもっているもの

すべてが

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたのすべてが

ピュアーにみちている


あなたはピュアーだ

あなたは ピュアーだ

あなたは ピュアーだ

あなたのすべてが

ピュアーにみちている


1979.04.26.

| 1979年 | 13:21 | TOP↑

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ワンダフルの一本道

優先とワンダフルから

いつまでも抱き合って

おれるようになった

他の人が 側にいても

いつまでも


優先ということで

人の中で 自己の位置が消える


ところがこの方法だけでは

宇宙的に自己が消えない

宇宙的なふるえが

やってこないのだ


そこで人間から 宇宙へ

その優先を切りかえてみた


だがそれは 一つの

技巧にすぎないことだと

わかっていた


そこでせっかく いつまでも

抱き合えるという

いいところまで行って

おりながらながら

ちよっとした難局に ぶつかっていた


ところが その苦しまぎれの

中にあって

《やっぱり光速の彼方》という

人間から離れた世界

……光速 星の彼方

胸を張って歩け

の詩をもって来た


途端に 宇宙的自己の

ふるえがやって来た

宇宙的に消える世界に

突入した


それと 他の人の自由の優先と

どこでどうかみ合ったのか

踊りの時に

まともに踊れて来た


インスピレーションに輝いて

力一杯の踊りが来たのだ

それが一つの 次の型となって

やって来た

それは 今までにないものだった


それは 無意識的に

人々の方を向いて 踊りが

なされて来たのだった


今までの踊りは

いつも前面を向いての

踊りだった


ところが 後ろ向きになって

人々の方をむいて 踊りが

なされてきたのだ


ふとその変化に驚いた

変化だ

突然の変化だ

これがどうしてこうなったのか……

と考えた


やはりその経過が

はっきりしていた

いわゆる 人間と完全に

関係がなくなったのだ


なくなったという事は

完全にひっついた という事である


関係があるという事は

相対的であるという事なのだ

他の人が気になって

いつまでも抱き合って

おれないという事は

相対だからである


アジア人にはその欠陥がある

人と人が向い合って

少しもひっついていない

人と人との間があり

空間があるのだ


それがアメリカ人には

ないのだから不思議だ


それが 優先ということから

ワンダフルが生れ

ワンダフルから差別 空間が

消えていったのである


むろん人種差別は今でも

残っているが

残っているという事は

消えていっているという事である


いつまでも変わらずに

依然として同じくある

という事とはちがう


優先 ワンダフル

これが人々を救った

人と人がひっつき始めた

他が気にならなくなった


私の場合も 先ず最初に

いつまでも人を気にせず

抱き合っておれるようになった


そしてその次に

光速がかかってくると

その踊りが 人々の方を向いて

踊るようになった


それは人々とひっついたが故に

人々の方を向くようになったのである

これは 向い合っている相対

関係をいうのではない


相対関係にいると人は

人の方を向かなくなる

いわゆる 人と離れて

自分の位置にいるのである


人と人がひっつくと

いつまでも 人の方を向いて

宇宙的踊りがなされるのである


そこには 恥 外聞

見栄 見せかけが

少しもない


それは それ等と

一つになって消えた状態で

踊れているのである


アジア人は 人や世界と合一し 更に

超越することを学んだ

しかし 人と人がくっつく事なく

聖者とか 神聖とかの

方向に逃げ勝ちだった


神や神秘主義的な方向で

自己陶酔する恐れがあった

いわゆる「聖」なるものへの

精神病にかかっていたのである


聖 神聖……の深い闇を破って

ワンダフルの一本道に邁進しよう


1980.08.09.

| 1980年 | 13:17 | TOP↑

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