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2018年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年06月

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美を感じる心を止めよ

物や景色を見て 美を感じたら

すぐそれを止めること


その心は相対から出て 相対の中をうろつく

心は自分たちが 

持つべきものではない


自分たちというのは 意識そのものである

その意識とは 

羽毛の構図の意識である


美を感じた心をとめて 意識そのものになること

すると物や景色と一つになる

そこが零であり 詩であるものとなる


1995.11.08.
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| 1995年 | 21:23 | TOP↑

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創造を知るものは創造主となる

自己は 時間以前のもの 

自己は 宇宙に先立つものである

という認識をもて

超然としてくる


そこは何者をも寄せ付けない

寄るべき他者が存在しない


創造を知るものは 創造主となる

これはウパニシャッドの有名な一句である

一人一人が創造主なのである


宇宙創造は オチャメの一触れ

によって始まり

白紙の舞は現象として その姿を

あらわす


個なる我は 宇宙に関係があり 

しかも関係がない

その時 我は宇宙の外に立って

時間の噴出口を見つめるのだ


この世のものすべて 宇宙のものすべて

何者も寄せ付けない

何ものとも関係をもたない

そこに一人 つっ立つのである


1995.11.17.

| 1995年 | 20:06 | TOP↑

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空間のエネルギーで生きよ



相対思考の中ではいくらでも 

いくらでも 考えが

生まれでてくる

在る人はこう 在る人はこう……

これは あれは……

とめどがない いくらでもふくれ上がる


クローズすると その頂点から

自然に 本当のものが生まれてくる

この統一構図これさえあれば

何の教理も教典も教えもいらない


目の前にあるのは 目の前に人間が展開させているのは

すべて迷い

目の前におかれた皿の上の食べ物も 迷いの食べ物

これを食べないと 生きられない……迷いの考え

衣服も こういうのを着ねばならないなど


統一構図になれば 

宇宙のエネルギーで生かされる


人間の考えは すべて迷いであった

今までの何千年の歴史は 全部迷いの歴史であった


人間は図形で出来ている

宇宙も図形で出来ている


空間には 無限のエネルギーがある 

0にも 無限のエネルギーがある 


空間は距離 距離はエネルギー

そこに意識を集めれば 

きっと生命がふき込まれる


今の人が死んだような状態で 

躍動して生きていないのは

いわば生ける屍なのは 

空間に在りながら それに気づかず

自らを閉ざし 宇宙の呼吸をしていないからである


目も耳も細胞も 皆閉ざしているからだ

ただ目を開けて空間を 

生きた空間を意識し 受け入れるだけでよいのだ


1998.06.17.

| 1994年 | 16:09 | TOP↑

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直接直感で立つ

在るものは すべてかつて無かった 

ある時 あらわれたのだ

なかったものがあらわれたのだ 


カシオペア 北斗七星
 
いつみてもそれらは在る

地上に 何が起きていようと 全く関せず

いつも同じそのままで在る


しかしそれが 無かった時もあったのだ 

そしていつかそれも なくなる時があるのだ


もっと身近には ここに大きな木がたっている

しかしそれは以前なかった

あらわれたら 堂々とじっとしている 

しかし刻々生長し 呼吸し 活動しているのだ


人の思惑や 何かの知識や情報などによらず

何ものにもとらわれないで

何の詮議せずに 直接直感で生きるのだ


直接直感 

直接直感こそ 最も大事である

堂々と宇宙に 一人つっ立つことだ


透明からそれると 人はそれを見失う

人はどこから 透明からそれるのだろうか


1979.05.15.

| 1979年 | 15:33 | TOP↑

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命の滝を忘れた人間

金とは

無価値なるもの

軽やかなるもの

よろこばしきもの 

の事である

そのものは踊る

人から離れて


人が人になると 価値の世界に転落する

なやみ とり合い 損得が生まれ

感情が生まれ 救われようとして 

思考 哲学 宗教が生まれる 


そこでは人は 人から金(羽毛)に帰ることは 

出来ない

命の滝はそれを最初の者に教えてくれた

ドルガの恩恵である 

金はすべての物の素材である


ブラフマンがあった

それは無色透明であった

彼は呼吸していた


その無色透明なるものが 意志をもっていた

その意志が踊り始めた

それは静かであるが 躍動しはじめた 


躍動は非平衡系 即ち斜めをつくった 

上と下 斜めである

斜めなる角度は 運動の母胎である

高きより物は低きへ動く

その斜めなる角度を通って

そのブラフマンの命が降り注がれた


踊りながら それは命の滝となった

それは無色透明であるが 金色の波動粒子となった 

光がそこから創られて来た


その光が 斜めの角度から時間と空間となって

噴出してきた

物質が生まれた

生命あるものも生まれた


天からの命の滝は 永遠に降っていた

すべての物は それを呼吸し

受ける事によって存在した


しかし人は 生まれてから成人している間に

自我をもった 

それが天を忘れて 自力で生きるようになった

天を忘れ 天の命の滝を忘れた


さ迷える人間というものの歴史が

くりひろげられた

そして救いを求め 真理を探すようになった

聖賢が生れ 哲学をといた


2005.10.15

| 2005年 | 15:29 | TOP↑

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金をつくる命の滝

ピュアーは無色透明であり

命の滝(水と同じで無色透明)によって

上から下にという

非平衡系を通る事によって

色が出てくる


それが金色であり それによって創造が起きる

時間も金

空間も金

波動も金

音も金

物質も金

鉱物の金が ここで出来る

光も金


人間は 最後の鉱物の金と

光の金だけを知っている

これらすべての金が認識されると

命の滝をあびる事によって 人は

生命が躍動してくる


炎となって燃えると そこに巾が出来る

その巾はソーマ酒の如く 喜びの巾であり

天国そのものである


人は地上界から 天上界の者となる

喜びは踊りであり 躍動する舞となる

他に関係なく ただ一人舞う者となる


巾の調べ

舞が法の調べとなる

人の世は 喜びのみとなる


喜びこそが この世の調べ 

法であり 真理である


無も空も瞬間も 存在するものすべてが 

よろこび舞っているのが感じられてくる


天国も地上も 喜びの世界なのである

こざかしい知を捨てよ!

それは悪魔のささやきである 

その悪魔も 人がつくったものであり

更に そのものに翻弄されているのが

今の人である


真理とは喜びの事である

天の滝(命の滝)をうけると

それが実現されてくる

それ以外の横道にそれるな

それるから 哲学や宗教がおきてくるのだ

救われようとして
 

救いは自分で行え

他に手助けを求めると 悪魔の餌食となる

真理は一つだ 

自分の事は自分で行え


物を食べるには 自分自身で口を動かさねば

ならない様に 他にたよるな

たよると 虫食い人間のようになってしまう

虫にくわれた果物はどうにもならないように

虫食い人間から救うのは 自分自らである


立って歩け 立ち上れ 命の滝をあびて

金の巾を出せ

金の巾が出てくると 踊れてくる

天国の為に よろこびと軽やかさの為に

踊れてくる


すると必然的に 羽毛となる

羽毛は やさしく 軽く 喜びの翼

その踊りが 翼の飛翔である

喜びが渡る


2005.10.14.

| 2005年 | 15:17 | TOP↑

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巾は天国

巾を意識すると 天国にいるような状態になる

それを2、3日前から感じていたが 今それをしてみると 

やはり一度に天国の人となる 

そしてボーッとした 


浮いた人間のように軽やかな人となる 

それで これにて踊る――とこれまで言っていたが 

フト今感じた事がある 


それはソーマ酒の事である

巾はソーマ酒となる 

まるでアヘン患者みたいだなと思っていると 

これはソーマ酒なのではないか?と……思った



巾は天国

巾はソーマ酒

ソーマ酒の事は よくリグヴェーダに

出てくる

この事を言っているのかも

知れない


ソーマ酒を飲んだ人

彼はフワーッとして 踊れてくるのだ


その躍動で踊れるのではなく

躍動は巾をつくり

巾はソーマ酒をつくり

それを飲んだ人は自然に

踊れてしまうのではなかろうか


天の生命の滝→躍動→巾→ソーマ酒

そして踊り とこの順かも知れない

踊りを意識する必要が それでなくなった


ソーマ酒は ピュアーのソーマ酒

ソーマ酒とは金を指す


巾は金をつくる

金はすべての物の 創造の材料となる

すべての物は これにて造られたり


金はすべてのものを 恍惚におくるものなり

なぜなら金は 最高最上の創造の材料なるが故に


金には鉱物の金 光りの金 液体の金 波動の金

音声の金 色彩の金 詩情の金が考えられる

それらは最高なるが故に 我々を酔わしむる

故にソーマ酒なり

金こそソーマ 踊りを導くものなり


2005.10.13.

| 2005年 | 23:16 | TOP↑

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神話の中には

神話の中には 求めがない

人は価値を求めてさまよい

つづけている

その求めをなくすと 神話の道と

本当の道がひらけてくる


我々の知る時空は

価値によって出来た観念の

時空である

その時空の中を 間違った価値を

土台とする理性が

まかり通っている


DNAに蓄積されている記憶は

そうしたよごれたものである


本当の時空とは何か

それは三宝 即ち黄金の音の波動と

色彩の波動と 香りの波動で出来上っている

我々のDNAはそれにて掃除されねば

ならない


本当の時空をもって生きよ


2005.01.07.

| 2005年 | 21:27 | TOP↑

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或る日の先生のお話

或る日の先生のお話

お茶の時のお話
  
本部のラーマクリシュナ祭に 菅谷さん一人しか来られなかったという話の後

小鳥が鳴いて 「人が集まらなくても気にすることはない 人の心はうつり気

だから 自分がしっかり修養しておったらよい」と言ったそうだ


原稿の校正されている時

以前に先生がとてもよい文章にあってものすごく 気持ちがよいと思った

それで理論でなく 神話の空気にふれられるようなそんな文章をつくることが

大切であり それは神話のお風呂をつくること そしたら本当に神話がわかる 

といわれた

その文章は

「今日はお祭りがあるので この広間にあがったら きれいな花が活けられてあ

りました

それで一人つぶやいたのです 人間もあんなに美しかったらいいのになあと

言ってね

花ってとても美しいですし それに花はものを言わないからいいですね 

人間は いらないことばかり言うから良くないですね

人間も ものをいうことを少し減らしたら あの花のように一寸でも良くなる

かも知れませんね

ものをいうことを減らして 雰囲気で生きるような人間になるといいですね


今日は花について 話をはじめているのですが やはりそこに詩というか 

神話というか そのような静かなものがありますね

人間も口数を減らしていったら 花のような静かな人間になれると思います 

口数が多かったり 荒い動作をすると 人間は詩の世界や 神話の世界から

ずり落ちてしまいます


だから一度 あまり言葉を言わないというような決め手をこしらえるといい

ですね 

それは大事なことです

そういう決め手を持った方が良いと思います

| 1995年 | 20:52 | TOP↑

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コップが消えた

極大にかけたスピードと

極小にかけたスピードとがある


極小の中につっ込んでゆくことと

極大の中につっこんでゆくことである


極小の中へのつっこみには

直接直感があり

極大の中へのつっこみには

大きなエネルギーと

大きいスピードとがある


それをもっと 能率よくしようと思えば

極大にかけたスピードを

極小の方にむけるのだ


すると すべてが消える

消えたコップが現われた


1985.05.07.

| 1985年 | 21:14 | TOP↑

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