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2019年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年09月

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A点は本物への入り口

人間の背骨の中に、宇宙に感応する特別な機能があります。そしてその背骨のどこが一番敏感なのかと言いますと背骨の心臓の高さの所がそのポイントになっています。私はそこをA点と呼んでいます。

子供が母親のお腹に宿る時に一番始めに点が出来、点から一本の直線になります。それから、次に頭と手足といった風に0次元から、一次元、二次元そして三次元と立体的に人間が形づくられてきます。自分たちは死ぬ時にどうなるのかと言いますと、そのA点から宇宙へ抜けて行きます。

昔、幾何学が生まれました。紀元前300年頃ギリシャの幾何学の父といわれたユークリッドは、点とは何かという定義に入りました。線というのは、その点の集まったものです。ところが、その点とはどれが点かと言う事が問題になります。

小さな点をここに描きます。しかしそれは点ではないと言われます。なぜならそれは小さな点であっても面積があるからです。それでもっと小さな点を打ちます。しかしそれも面積我在るから点ではないと言われます。そんなことを言っていては点を描けないという事になります。そこで線とはどういうものかと言う事です。

一本の線を引くとしましょう。しかしその線にも大きさがあって面積があるから、それは線ではないと言われます。すると、線も描くことが出来ないということになります。となると点と線は、無いではないかということになります。困ったことです。しかし点と線は確かにあるのです。それを見せる方法があります。

そこで一枚の紙の半分を真っ黒に塗りつぶして下さい その黒と白の境目が線だという事です。それで初めて線をみることが出来たわけです。

そこで考えることには、線にも点にも面積が無いということは、時間が無いということにもなります。そのようにこの世の中には、やはり時間の無いところがあるということになります。

そこで自分たちの背骨を考えてみまょう。意識で背骨の中心線を探してみましょう。背骨には必ず縦に一本中心線があるはずです。〈そこをヨーガでは スシュームナと呼んでいます)即ち時間も面積も無い中心線がある。その中心線に意識を集めてみて下さい。

こうしてそれに意識を合わせ、そこに集中していますと、無時間の世界に入ることが出来ます。これがメディテーションの一番大切な技(わざ)なのです。これをしないで、いくらいろんな瞑想やヨーガの呼吸法をしても、本物に近づくことは出来ません。

真理は時間や合理的な、知識のはるか上を飛んでいるものです。星は悟性の竹竿では、叩き落とせないのです。

この瞑想でA点が敏感になり、時間を超えて真実なものに意識が触れると「ふるえ」の経験を持てるようになります。もし考えていることや、聞いている話の内容が、本物に触れている場合、自分のA点が急にふるえ上がります。この体験を哲学者、科学者、芸術家、宗教家は無論のこと一般の人も持たないと宇宙の本質に入ってゆけません。

このA点のふるえの体験によって、考えたこと、意識したことが本物であったかどうかを確かめられるのです。研究者はこのようにして、宇宙の真実に接近することが出来ます。

これは無時間の中で体験する経験です。そこは合理の届かない世界であり、非合理の原始意志なる真実が広がっている世界なのです。
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ギリシャの神信仰について

ギリシャの神は人間に愛を与えたり、幸福を与えたりする神ではありません。人々もそれを心得ており、神に向って何かをしてほしい、何かを求める様な信仰は持っていません。ただ神の足許にひざまずき、神を見上げ、神の徳を慕って、そこで慰めを、いやしを得るのだそうです。そのことについてが、W.F.オットーが『神話と宗教』の中で書いています。

神々の至福の静けさを知ってこそ、人は初めて神々の働きと活動の仕方をも理解する事が出来る。また逆に、その働きと活動を真にギリシャ的な意味で理解する人に対しては、神々の至福や静けさも開示される。この消息に近代の人間の中で一番通じていたのは、 ギリシャ的な意味で敬虔なヘルダーリンであった。彼が完全無欠なる者、神的なもの、神的に美的なものについて語るとき、その印となるのはいつも静けさであり、清らかな微笑みであった。   (筑摩叢書  辻村誠三訳)

その静けさは、神のもつ本性の透明なる角度ではないでしょうか。清く静かなる角度を見つめ、そこでいやしを得よう、穏やかなる自己に帰らせてもらおう、とギリシャ人がしたのではないでしょうか。白紙が上空から舞い降りて来るような、軽やかで、清く、神々しいその舞、それこそ宇宙舞の原型ではないでしょうか。現代物理学は 「宇宙はダイナミックなバランスの裡(うら)にある」と言っています。
「物質は分子、原子、原子核それぞれのレベルで絶え間なく踊り、振動している。静の中の静は真の静ではない、動とのバランスの中に静がある」(『タオ自然学』F.カプラ著参考)と見ています。

インドのシヴァ神像も宇宙舞を表しているものと言われています。「シヴァの踊りは『踊る宇宙』であり、互いに融合し、限りなく変化するエネルギーの流れである」「神話は科学である。これなくして社会と宇宙の秩序の維持はない」と言われています。〈中公新書『神話学入門』大林太良著)民族学者である大林太良氏の申される通り、神話は科学そのものであります。

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