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落成式当日

       インド大使・総領事  高槻市長・助役隣席

さあ十五日だ
落成式の当日となった
もうあと三、四時間で大使が来る
若い者たちは起きるや否や仕事にかかって 右往左往している
皆てんでにさかんに眼の色かえて 敏捷に立ちふるまっている

いつの間にか 門のアーチも上げられてしまっていた
昨夜のうちに ホールのモールも貼られてしまっていた
七時 八時 八時半と時は迫る

ホールの机 椅子は置かれてあるだけでどうもしていない
庄司先生が 見かねてホールの椅子を並べはじめ 
チリをひらい ついにはほうきをもって掃き始めてくれた
これは有り難いことだった
私がしたくとも もう式用の黒い服をきているのだから 
外には客も来始めているのでほうきをもってはいてもおれない

石塚 サミー 長井さんたちが上に来る
「もう顔を外に出さない様に」といって 
八畳の部屋の神殿の準備をする
井上が 大きいラーマクリシュナの写真をおいて 
飾り付けをしている
大屋さんの一隊が来る 大屋さんに廊下の掃除をたのむ
まだ廊下にゴミがたくさんあった

大変だ
もう客が来ているというのに 掃除が出来上がっていない
玄関を牧田さん 大屋さん方の藤井さんが掃いてくれている
紅白のテープが貼られたが
ネール首相の石の台に白布をかけよとか 準備がぎりぎり

九時三十分 新館の入り口を閉め終えた
内の人は 顔を外に出したらいかん
さあちょっと早いが 今から修伐式をやろう
「八畳に集まってくれ!」
小川 宮本先生はまだ来られていないがしょうがない 
始めよう

インド総領事の秘書マニー一家が 早くから来て
外でうろうろしてくれている
あいさつにも出られない
外は人々で ざわめいている
ボーイスカウトが 十人近く来てくれているが 
その仕事の割り振りも 私が確かめてもおれない

さあ八畳に入り「修伐式」だ
峻厳なる祈りの場と化した
涙が 感激の内でふき出てくる
石塚さんが 後ろで泣いている様だった
祝詞を終え 香をたく
各自に線香をあげてもらう
石塚さんは 眼のふちを真っ赤にしていた
厳かに式は終わった
庄司先生もいた
長井さんは写真をとっている
加藤さんは外の受付で 寒いのにがんばってくれていたらしい

終わって十時二十分
市長さんが来られた という報告を耳にした
吉田得三市長さん 神田賢助役さんが 
神殿に坐って ニコニコしていた
あいさつをする
マニーさんの音楽を きかせてもらう
十時三十分 大使が見えたという

さっそく新館前で建築委員長 宮本正清氏のあいさつのもとに
「大使閣下に テープを切ってもらいます
吉田得三市長さんには 序幕をやってもらいます」
さあ感激の一時 いや一瞬
S・Kバナルジー インディラ・ガンジー首相の
礎石の序幕をする
拍手とともに 扉が開かれ会場に入る
眼をみはって皆が「よく出来ましたね 立派です」
と口々に褒める

水がなく ヒータがともらず 便所も使えない
そんなことは気にならなくなり 皆が皆
立派な建物に ただただ感嘆の目を見張るのみ

着席
つい最前 庄司先生と
(こちらに大使 こちらには日本人の方がよかろう)
と決めたその位置に ちゃんと着席してもらえた

着席と同時に私が後ろから その椅子のひじ木に
あったほこりを 両の手でふく
「こんなことですので」と言うと大使も 市長も
ニコニコとされて 坐ってくれた
一週間以上も前から 頭をいためていたあいさつの
瞬間が来た
会場には半分 百二十人ぐらいの人々が入っている

オープニングソングが
井上 宣江 森の三人によって歌われた
石塚さんが司会である
ソングを聞きながら私の胸に 感激がうずまいてきた
助けの「ひらめき」がやって来たのだ
「おお まるで私は 夢見ている様だ!」という閃きの中に
つつまれて私は スピーチを変えようという気になった

――演台に立った
井上が側に来た
「私はスピーチを準備しているのであるが それを変更します」
といって井上の手に左胸に入れていた スピーチの紙を渡した
そして ためらっている井上を思いながら聴衆に向って
「私は夢みている様です」と一声をあげた
空は蒼く澄んで 太陽は照っていた
三月の太陽だ

井上は「スピーチを準備していましたが それを変更します
――私は夢見ている様です」
というような私の言ったことを 英語で通訳してくれ始めた
あとは「ひらめき」のまま 私は「ひらめき」に助けられて 
通訳入りであいさつを続けた
私は困ったたちで「ひらめき」のないあいさつが
出来ないたちで いつもあいさつは嫌いなのである

ところが今日は スピーチを読んだところで
うまくは言えなかったろう……
ちょうどインドでスワミ・ヴィヴェーカーナンダ百年祭の
宗教会議の席上で 四、五千人を相手に講演した時のように
「ひらめき」よって この度もスムースに運んだ
そして「私はこのヴェーダーンタが日本にどんな仕事が出来るか 
何をすることができるか 私にはわからない 
しかしもはや 何かが起き始めていることだけは 確かだ」
と言ったことだけは 覚えている

大使も 市長も 宮本先生も 私の言った「夢みている様だ」
といった言葉を 取り上げてくれていたし
山口恵照先生は「何が起きるか 私にはわからない 
しかし何かが 起きはじめていることは確かだ  
後のことは神のみが知っている 神が全てをやるのだ」といった 私の言葉を取り上げてくれていた
大使も市長も 喜んで立派な有り難いあいさつをして下去った

会場はいっぱいで 廊下にあふれ
何回も前へ詰めねばならなかった
インドの一連もどっと少し遅れて着いてあいさつに間にあった
インド人の来た人が みんな喜んでくれた

食事がはじまる
二百五十名分の食事が足りなかったようだ
井上上人は 二人のセイロンの比丘をつれて来てくれていた
加藤さんは気の毒に 一日中外の受付をしてくれていたのだ
御苦労様 寒かったろうに――
午後 ヒマラヤ ヴィヴェーカーナンダ カシミール
ガンジーの映画を終えたのが 三時半だったろう

人々が帰ったあと 手伝って下さった人々が
うちらに入って お直会をいただく
小西節子親子も結婚のことで来ていた
無事映画も終えて 不思議に落成式は見事に終えた

何とした事か
いつも何ごともぎりぎりいっぱい てんやわんやの
あわてようで 式典が迎えられる
そして不思議なことに成功裡に終る
すべて夢であり すべて遊戯で ラーマクリシュナに
たぶらかされているのだ
そしてバタバタして 死んでゆくのだ
遊戯者の中に

    おお神よ あなたは 悪いやつだ
    人を こんなに たぶらかして
    この世は ちっともよくない
    えらい目ばかり せなならん
    えーい しかし何の因果か知らないが
    あなたには 勝てん
    しんぼうするよりね
    こんなはずじゃなかったが
    親の腹の中にいた時はね
    えらい所に来てしまったものだよ

1970.03.15.
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| 1970年 | 22:12 | TOP↑

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