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政治と神話

神話は希望と安らぎと 空想力を養ってくれる元のものである
神話には 分け合う性質がある
ピンボケも連鎖も そこにはある

しかし統一は 神話の中にはない
連鎖と 統一とは違う
統合をしても 統一してはいけない
それは 神話性からずれ落ちる

マルクスは統合を 更に統一へともっていった
そこに失敗がある
統一は自由を束縛する

物理学でも統一場の理論を探しているが
宇宙には 統一というものはないのである
統合はあっても統一はない

毛沢東は統一を試み 文化革命をおこした
昔の文化をつぶして 近代化しようとした
いわゆる文化革命である
統一は自由を束縛し 神話ではない
孔子と老子の思想の違いもそこにある

革命とは何か
一定の枠に はめ込む事ではない
人間も 社会も殺してしまう
自由を失わせる事は 革命ではない

太古にあっては 彼らの心にある神話性が
個人と社会の秩序を保っている
即ち神話性が法律であった
その神話性が 人々の心から失われると
人工の法律が必要となってくる

生産が起きて来ると 分け合うという優しい心が
次第に失われて来る
これは神話性を 失った証である

メキシコ人たちが 兄弟 兄弟とよく言う
そこに彼等の栄光がある
ハンザの人々は隣の人の食糧まで作る
そこに神話がある

隣の人々の為にも作る
そういう生産でなければならない
生産と製造は違うと誰かが言ったが
製造も 生産でなければならない

作るのでなく 産み出すのである
親が子を養うように 製造と生産をするのである
そうでないと本当の希望と安らぎと 
空想力が湧いてこないのだ

親が物を作って 子供に売りつけるであろうか
製造も 生産もあくまで神の御手の許にあるのである
それらを私有してはならない

私有するものは 天との繋がりが切れる
すぐ滅んでしまうであろう
人は神から はずれてはならない
それは無法者である
現代の人々は 無法者の様相をもっている

産み出すこと 養うこと それを忘れて
物を 簡単に金銭取引に変えてしまう

天は地上の人々に 乳を与えている
森の幸 海の幸 等々と
その乳を人は 石ころに変えている
金銭取引という過程を通して

昔ローマに エジプトのイシス女神信仰が流行したのも
母親と 天の乳の偉大さを認識したからである
マリア女神信仰もそれである

分けるもの 与えるもの 自由に羽ばたかせるもの
しばりつけるものでなく 統一するのでなく
親は子を統合させて 見守っている

政治は 神話性をはぶいては成り立たないのだ
人工の法律が 次々と必要になってくる
犯罪者が減っただろうか
人の心が社会を造り 政治を造る

人は神話性を失うと 樹々や 生き物の悲鳴を聞く耳を失う
何でも自分の為に 金に変えようとする
金は人の後に来たものであり その金に人は使われている

イタリアのヴィーコは ナポリに生まれた
ヴィーコは法律や 数学にたけていた
そして見つけたものは太古の人々の中にあった神話性であった

神話が法律をつくった事を発見したのである
マルクスは そのヴィーコの影響をうけた
ところが政治家たちは統合即統一へと もっていった

分け合うことは 各自の自由である
自由を束縛する一定の形は神話ではない
神話はあくまで 舞そのものである
オチャメそのものである

生産 製造 芸術作品を金に変えてはならない
金に変えても それを乳に変えよ

人はいつも親である 
オチャメで 高貴なる乳を振り撒くものである

2002.02.12.
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| 2002年 | 21:06 | TOP↑

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