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足に対話の目をつけろ

一昨日あたりから 急にもっと奥に入ってきた
即ちマーケットの中で 足に対話を与えたら
足がタップを踏み出して来た それである

それまでの問題は 前面のものの中に舞を見よという
啓示に関してであった
ところが直にそうする事は まずいと考えていた
なぜなら目は 相対を見る事にならされているから
真なるものを見る事は 無理だと言う事である 

たとえ目を通して 前面の物の中に舞を見ようとすると
空想力を用いねばならない
それでは 本物を直に見た事にはならない
だから目を当てにせず 足に目を付ける事を考えた

いわゆる知恵でなく 波動で前面の物と触れあうのである
ところが波動でどのように見る事が出来るか……
それが なかなか難しい芸当である

ところが レディングのマーケット内を歩いて
果物や野菜や 人を見ている間にふと閃いた事があった
それですぐしてみた すると足が前面の物の中にある舞を見て
自分の両足がタップを踏み始めた

体中がウジウジ踊りの状態となるばかりか 知性までなくなり
恥ずかしいというような気持がなくなり
足を始めとして 体中が踊り始めた
……だがこれで 何をどうしたのでそうなったかを 
確かめるので そのタップを踏むのを一旦止めることにした

それは足に意識を集め 対話の波動を送ったからである
それは「対話する事は見る事である」と閃いたので 
そうしたまでである
すると足が自然にタップを踏み始めた という次第である

ところが 今21日午後4時 お茶の時間に食べていた時
また閃いた事があった
それは「足に目を付けたからだ」と分ったのである

それで知的に想像したり空想をこらしても それはあくまで
空想であり 想像であり 現実世界に何も関って来ない
という事が今日までの世界文明であった という事である
ところがその空想に 目をひっ付けると
それが生き物となるのだと閃いたのである

なぜなら対話は見る事であるという現実の目を足の裏に付けた
即ち空想に目をつけたから 見事に空想が生きものとなり
体が動き出したのである

ゼンマイ仕掛けのエネルギーから出てくる空想でなく
宇宙生命が足から全身に大生命 即ち大空想力が
宿り始めたのである

目を付けると その物が生き物となる
対話と礼拝という目を付けると 
マート女神は 羽(空想)と目が特徴である
そこに 大いなるエジプトの法が隠されていたのである

足許に目を付けること 前方を見る目を付けること
対話という目を付けること
ふるえ上って羽は飛ぶ
それがタップとなったのであろう 踊りとなったのであろう

対話の目は全身を翼と変える
震え上って 天を天翔ける

大鳥 目をもつ大鳥
ワシの目は鋭い それはまばたきもしない
天空 前面を睨みつけ 前面を呑み込み
不動で何ものにも怯えない
おお 不動なる者 汝大鳥

デカルトの言うように精神文明から 感覚文明へ
近代哲学は移向した
古典哲学は 科学文明へと移向したのである

空想だけでなく 目という感覚をひっ付けたのである
生きたものとなった
答の出て来るものとなった
それが足と全身の震えとなった

精神と空想は古典文化 古典文明の遺産である
しかし近代哲学 近代文明は詩神の助けを得なければ
まともなものとはならないのである

彼らは詩の重大性を知ってはいるが
詩神を礼拝しなければ その恩恵はやって来ない

2004.06.21.
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| 2004年 | 11:02 | TOP↑

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