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水の文明

人は今日まで 約1万年

欲する世界に住んできた

知識も その内の一つである


金のスプーンと 銀のスプーンの

どちらがいいか 

欲しい物を取れと言ったら

金のスプーンを取った

という具合である

便利なもの 価値あるものを

取った


そういう欲の世界に住んでいた

知識欲も その内の一つである

いろんな事を知って 偉い賢いと思っている


ところが インドのラーマ・クリシュナは

味わうことの世界を説いた

日本の茶道も 味わう事を教える

これは相当 高級部類に属する


貧乏をも 不自由をも味わって

生きる人は 天国に近い所に

住んでいる人である


欲を持たない素朴な人も 天国の

近くに住む人である


光を欲する人は 光を失う

天国を欲する人は 天国を失う

真理を欲する人は 真理を失う


今日までの文明は 火の文明だとも

いえる

しかし火は 表面的なもので

火の古里は 水である


静かな水 一滴の露

小さなせせらぎ

それを味わう人は 幸せを得る


味わいは 幻想の世界の

入国手形のようなものである


幻想の世界は 現物の世界でなく

夢を描く世界で

宇宙より大きい世界でも 夢を

描ける


ところが人は 幻想とか 夢は

腹の足しにもならない くだらない

ものと思いがちである

ところがそうではない

幻想こそ 我が命である


静かさの中に 我が命の巾を

ひろげ

豊かさをひろげ

静かなよろこびにひたる


日本の茶道のように 

イギリスにも茶の道があって

茶を口の中で かみしめて

宇宙を味わう


フランスでも 河にブドウ酒を

流して 宇宙を味わう


満月に手を合わせて拝む

人々もいる

そういう詩の世界 神話の世界

こそが 

我が世界である


燃える はでやかな事ばかりを

欲しないで

つつましく 静かな春のそよ風に

身をひたすよろこび


その喜びの顔を つくる事である

求めていると その顔が出てこない

求めは何か 相対的にあるものを

欲する


これを 相対人間 相対文明の中に

住む人という


そういう人は 永遠の幸せを

得る事は出来ない

他者との間で悩み やさしさを求め

一生求め通して 迷いの魂で終わって

しまう


ラーマクリシュナの偉いところは

目標を 持たなかったところにある

成らねばならぬ何ものも 持たなかった

自分の内にあるよきものを 味わった


彼は成ることを教えた人ではなく

味わうことを 教えた人である

その味わうから あのほほみの顔が

出来てくるのである


ラーマクリシュナの讃歌の詩の歌を

歌っていると

ラーマクリシュナの あのほほえみは

どこから出てくるのかと

歌ったものである


私の求めて来たものは そこにあった事が

分かる

では果して そのほほえみはどこから

出てくるのか

それを見つけるのに 約50年程かけてきた


2006.10.12.
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