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水文明と香り

水文明の方程式が 現われた

1-1=0 或いは 1´-1´=1である

0=1


この1-1とは 自己を消すと0となる

手伝うこと 下僕となる事である


何に下僕となるのか

それは 天の下僕となるのである 

それが1-1=0である


すると0=1と言う事は 0になると

はじめて1となる

即ち 本当の自己となるのである

水文明とは この事である


本当の自己をつくるのには

自己を何者かに 捧げねばならない

それが天への手伝いである

水文明とは これである


すると人は黄金の香りそのものと

なってくる


0=1は無我である

成ることを欲する者は

0にも1にもなれないで

知識だけの人生で 終ってしまう


花は 咲かねばならない

人も 人にならねばならない

しかし 成ろうとすると成らない


0になり1になって 黄金の香り波に

自己を捧げねばならない

そこにとけてゆくと そのものになる


ここではじめて 命そのものが出てくる

誕生である

お祭り おどり 命の躍動が

おきてくる


相対を消して 自己の中にとどまれ

ギリシャの神 それへの信仰は

静かであった 燃えてはいなかった

ああしてくれ こうしてくれと 燃えて

いなかった


静かに神の前にひざまずいて

聖なる神のみ姿 形相を仰ぎ見る

だけであった

そこで自己を 消すのである


日本庭園や茶の湯には

それがある

はでやかで 燃える世界に

入ってゆかない


花はどのように生けるのですか

それに対して

「野にあるように生ける」と答えが

返って来た


ここに日本がある

ここに日本人がある

日本人は大昔から 流れ伝わって来ている

精神に帰らねばならない

そこにこそ 自由がある


本当の自由をもった日本人に帰らねば

ならない

自然は 眼の前にあるのではない

自然は 自己の内にあるのである


老子は 自然に帰れと説いた

神も仏も そこにはなかった

天だけがそこにあった

そして 天は我が内にあった


野にある花は 我が内にあった

夕焼けの女神はただ つっ立っただけであった

それが 詩そのものであった

香りそのものであった


2006.10.17.
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