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夕焼けの女神 つっ立つ

それは黄金の音声と 黄金の色彩波を見つけてから

五ヶ月後の出来事であった

それで先ずこの黄金の音声波について

少し説明を加える必要がある 

というのは この男がお祈りの歌を歌うと

自分の声の中から 金の鈴の音が出てくるのであった

それは26才頃からあったのである


ところが最近になって その音に巾があって出るのを感じた 

ちょうど音ではないが色即ち光で例えると 

ローソクの火が 中央に光の塊があって

それが光を放っているのであるが 

目には見えにくいが その光がもっともっと

大きい巾のあることが分る


それと同じで 自分の声が前方へとんでゆくが

前に三十センチから四十センチ程の大きい巾があって

前に放たれている事に気がつき始めた


それと同時に 自分の体が巾をもつ光(色彩波)に

包まれてある事を知るようになっていたのである


そうした矢先この男は 夕焼け空に夕焼けの女神が

立っているのを見届けることが出来たのである

これは太古の人々は おそらくこの様であったのであろう

これが言語の悪影響で人間の目 耳 鼻がよごれてしまったのであった


それが今の「人間」というものである……という事を知った

それ程人間は 太古以来の本来の人間では

なくなっていて そんな人間がこの地球に住みついて

様々な問題をつくりだしているのである

そのようなどうしようもない歴史をつくった人間に

真理など見つけられるはずはない

それで仏陀は六根

(目 耳 鼻 舌 身体 意識)を清めよ――

と強調したのである

仏が他界される三ヶ月前に 弟子たちを集めて説かれた法華経に

その事がこんこんと書かれている


さてこの男は 教えに従って23才から40才まで

六根清浄 六根清浄と唱えて水行していた

そのお陰もあってこの男に いよいよ黄金の音波と黄金の色彩波

に包まれている我が身はいうまでもなく

この宇宙もそうである事を知るに到ったのである


しかしそればかりではなく 自分には何かの使命の在る事を

若い時から感じていた

なぜなら(日本を風靡すべし)とか(天地を開け)などの 

天からの啓示を受けていたからである 

そんな事もあるので この男はそれに応えるべく

81才までがんばって来れたのである


そしていよいよその時が来た

夕焼けの女神のつっ立ちを見たのであるが 

それは巨大な三角錐のような形であった

それが夕方の空を 四方八方紅に染めているのである 

それはあたかも女神のつっ立ちであって

裳裾を紅に染めているのであった――


いつも男が幻想の世界に入っているので

すぐそれが女神のつっ立ちである事が分ったのである

顔は見えなかった 

男には顔など見る必要もなく

あるなしに関係なかった


現代人の感覚では 何もかもこの手で握り 

この眼ではっきりとらえる事が出来ると

認識できる神経をもっている 

しかし見えない世界 手で持つ世界以外にある世界を見たり

持ったりする神経に欠けているのである
 

ただ詩を感じる事の わずかな神経しかもち合わせていないのである 

幻想なるものが 見えない神経になってしまっている 

それらを見ることが出来た太古の人々のような神経を

とり戻さねば 宇宙の神秘なる心を 

とらえる事は出来ないのである 


この男はこの夕焼けの女神から次は

今まで自分の頭の中でまとまっていない事の世界の中まで

入ってゆく事が出来たのである

例えば詩とは何か 神話とは何かである 


この男の今の居る所は その(詩とは何か 神話とは何か)

というもっと奥の世界で苦闘していたのであった


女神の出現に驚いた男の脳裏に

浮んで来たのは朝焼けの女神ウシャスである

朝焼けの女神には名前があったが

男はこの夕焼けの女神に 名前を付けようとも思わなかった

そんな必要もなく 女神の顔も必要なく 

ただその「つっ立ち」だけが彼をとらえた


なぜなら朝焼けの女神の詩は 

きれいな波動につつまれ立派な詩であるが

この夕焼けの女神との対比の場におかれると 

それは人間的であって

夕焼けの女神には 人間的な飾りつけが全然ないのであった 

詩的にこの女神を作成する人間心を

はねのけてくれているものの「つっ立ち」姿だけがあったのである 


この説明する文章を 今書く事すら難しい中を

やっと文章化しているのである 

一口でいうとこの「つっ立ち」には

ただつっ立っているだけで そこに何の飾りもないという

「いぶし銀」のようなものがあるのである


男はそこに感性を寄せつけないものの世界

それをそこに見たのである

そして「これこそ詩である」と

詩の本体をとらえる事が出来たのである 

むろん神話の本性もそこにあった


現代人の持っている神経というのは

知的神経をふくめて 感情があり そのもっと奥に

善し悪しを感じる世界でない感性の世界というものがある

その感性で詩を感じ取るのであるが

その感性をもとり除いた所にあるもの――に

この男はぶつかったのである

表現するのが非常に難しいが何とか書けた


もっと他の表現をすると 金の光りとか

金について考えてみると

金の光とはあんなものでよく知っているが

その金の光 金の色というものは

あれは我々の目でとらえられる範囲の色彩波であって

その金銀の本当の光は銀色である……即ち銀色というより

銀色の波動いうようなものである


立派さというようなものは 飾り付けた立派でなく

飾り付けを何ももたない

そこに立派さがある――といったようなもので 

これで思わせられる事は 京都にある金閣寺と銀閣寺の

対比の様なものである


ということになると銀閣寺を造った人は

たいした人だなと思わざるをえない

禅なんかもその辺の世界を感じさせるものがある 

あの禅を科学的に表現できれば

大分奥まで入れる 

なぜならこの世界は 心の世界でなく

あくまで物質の世界である 

禅では無心とよく言うが その無心の中に何があるのか 


無だ 空だ言うがではそれは何かどんなものか……

というと分らんで終わってしまうのが落ちである 

分らんで終わってしまったら そこまでである

神秘をとらえる神経が そこまで達していないのである

科学を土台から無視しては

その中味の世界をはねのけているようなものである


現在 科学者は宇宙の奥を「ひも理論」などでとらえようと

必死になっている

彼らはそこに「調べ」を感じとっている

これはたいした事である

この夕焼けの女神を そのつっ立ちを見ていたら

科学者はその「ひも理論」を手中に

入れる事が出来る


「調べ」とは何か

それは物質である

「有」であれ「無」であれ 

それが存在する限りは 有即ち存在そのものである

零であってもそれがある限りは有 即ち存在である


零がなければ1も 2も 3もあり得ないのである

それ程零には力があるのである

力学の神秘思想も知る必要がある

数学もその通りである


哲学は物事を中途で終わらせてしまうことがある 

ヒンドゥ思想も ブラフマンはどんなものか?になると

それでもない これでもない 

お前たちの知恵では届かぬものだ――で終っている

空も 無もそのたぐいであってはならない

空とは 無とはどんな物質なのかをつかまなければ

科学ではない 


人間も宇宙もこうして存在しているのだから

底なし宇宙ではないはずである

それを受けているもの 支えているものがなければ

物は存在しえないのである


神話もそうだ 詩もそうだ 星も神々もそうだ 

それはどんな物から出来上っているのか?

そういう所までつっこめるのが存在哲学である

この男もその存在哲学に支えられてここまで

81才まで来たのである


この男は青年時代に仏陀に従い

六根清浄を唱えて水行をしたが

その仏陀が三ヶ月後に他界するという死期を悟って

弟子たちに法華経をといた事は多くの人々の知るところである
 

仏陀は弟子のアナン尊者をつれて自分の生れ故郷の方へ足を

進めていた

そして太陽が沈み夕暮れがやってこようとした時

二人は山越えの途中であった 

仏陀は山の坂道で足をとめ

後をふり向き夕焼けを眺め心の底から「宇宙は美しい」と

呟かれた

そしてしばらくその夕焼け空を見入っておられたが

又歩を動かし坂を登り始められた


さて夕焼けの女神を見たこの男は 

仏陀の見られた山超えの時の夕焼けの心境は

その時思い浮かんでは来なかったが 

数日後 インドのドルガ女神の顔を思い浮かべた時

いつもその時 涙がこみ上げてくるのであるが

この時の涙はいつもとちがって 

無表情でひきしまったあのドルガ女神と

夕焼けの女神像とが重なっての涙であった 


それは無表情できびしい 即ち人間心の入っていない 

人間心を寄せ付けないあの表情と 夕焼けの女神の

飾り付けも 顔も必要としない幻想の女神との重なり

その中に この男は黄金の香りを 

香り波のただよいを感じ取る事ができたのである――

ここが一番大切なところである


香りの世界 香りを放っている世界という事は

では現代人は香りを放っているであろうか

それも黄金の香りを放っているであろうか?と尋ねた時

いえ放っていません と応えるより他ない


この男は黄金の香りというものを生れて

はじめて感じたのであった

そしてその日 二階の御神殿に行った時 そこに

一面にその香りがただよっているのに感付いたのである

……来てくれたのです 黄金の香りが


そしてその翌日も又 殿堂いっぱいに充満しているのを

皆が感じたのである

我々の知識で知り得る以外の 世界物質を三つそろって

この男は 手に入れる事が出来たのである


  黄金の音波

  黄金の色彩波

  黄金の香り波


この三つが 宇宙と人間のもとなる物である事を

知ったのである

太古の人は これで生き 存在しており

人間時間や 人間心や 人間知や 人間欲や……そんなもので

生きていたのではなかったという事である


宇宙と人間のすべては この黄金の音波 黄金の色彩波

黄金の香り波の三つの波動から出来上っていたのである

またこの三つこそが宇宙意志であり 

神や神々もこの三つで出来ているものであって

今までの人間が想像して来たような存在でないという事である

そして人間というものも その三つの総合体

それが人間であるという事である 


これさえ持って放さなかったら

宇宙意志にそった人間になれるのである

香り高い高貴な人間になれるのである


老子がいった

自然というのは 知識でなく この宇宙をつくり上げている

もとなる構造と その材料(物質)

それがこの三つの黄金の波動の重なりである


今まで誰も知らなかった この三つの波動がおりなす調べ

そこに宇宙と人間の法 真理 誠 本当のもの 正しきもの

正義 まちがいのない答 狂いのない まっすぐなるもの

それが自分自身なのである


――それを見つけたこの男は もはや自分の命も惜しいとは 

思わなくなってしまった

この三宝さえ持っていればいいのだと はっきり分ったのである

我々が命を惜しいと思っているがそれは それ以上の大切な

ものを見つけていないからである


黄金の三つの波動

神話も詩も これを本体として存在しているものである

人間とか 神とか 神話とか 詩とか 月とか

太陽とか 自然とか そんな名称を 言語からくる区別をかなぐり捨て

すべてと仲良くいくのが「神話」なのである


人も 動物も 樹々も 空気も 雨も 河も 

水も 流れもすべて友である 

詩とはこのように感じる事でなく 友となる事である

世界平和をつくるのも詩である 

自然の本質にめざめて生きるのも詩である


宇宙も 人生も詩と神話に飾られ満ちあふれている

その満ちあふれている調べ よろこばしきもの 軽やかなるもの

それを全身にあびてつっ立とう
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| 2006年 | 22:54 | TOP↑

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