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永遠の生命を復活させるには

無知の顔、無知の人相、そんなものはどうしたら造れて来るのでしょうか……。それをエジプト文明の中からさがし出していきましょう。それには特別な幾何学の知識が必要です。ただアホのような無知ではそうはなれません。いえば知恵の知恵の大知恵が必要なのです。しかしその大知恵は無知という深い井戸から湧いてくるものなのです。
そこでそれを解かるためには、無知であるかどうかの支点を通らなければなりません。だからウソでもホラでも素直に受け入れられる純朴な人間になっているかどうかです。そこでそうなる為に自分の知識を頭からポケットに移し替えて、頭をカラッポにしてください。神話とはそんなものです。非合理の遊びと空想の世界なのです。
しかもその中が、生命を誕生させる泥海なのです。その泥とたわむれて遊べるか、遊べないかが問題となります。子供達はドロンコ遊びをしましたね。大人はそれができなくなった。子供はドロンコになって自由な天国の大空と土中の深淵の中にもぐり入っております。だから大人………とくに真面目な人間は面白くなく限界があるのです。宇宙存在にかなっていないのです。こういう人は最後の審判ではねられてしまいます。その腐った魂を食う怪物が死の審判で待ち受けています。
永遠の生命の復活を願う者は、このエジプトの神話をよく理解して死の審判を無事通過してほしいものです。 死の審判では広場に大きな秤が置かれています。その一方の皿には人間の心臓を入れた壷がのせられています。他の一つの皿には羽毛が一枚置かれています。それが釣り合えばいいのですが、心臓(ハート)の方が重ければ怪物の餌食になるでしょう。この審判は、一体何を意味しているのでしょうか。羽毛より重かったらダメなんです。
私が以前に見た五つの啓示の中にも羽毛がありましたね。それがヒントになります。羽毛は軽いです。風に吹かれると何の抵抗もなく、いずこへも飛ばされ、舞い、揺れ、踊り、幾何学的線を描いていきます。
五つの啓示の内もう一つは、天から舞い降りて来る白紙の舞です。これも幾何学的な線上を舞い降りる音楽師のような軽やかさを持っています。音楽とは幾何学であり数学なのです。また、言語なのです。夢を歌い上げる波の舞そのものです。
知的な人間はそれと反対に合理でかたまっていきます。答えが出ないと満足できないのです。自由さがなくオチャメがないのです。そんな心臓を持つ人は羽毛より重い魂となり、怪物の方に投げやられてしまいます。
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