FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

線は真理の別名である

エジプトの神ラーは、天則に従って、天の河を船で渡っていきました。その天則の河の海路、そこに何があったのでしょう。それは知の路ではないはずです。そこにあったものは何でしょうか。船は一直線に河を渡っていきます。それは幾何の河です。一直線上を船は渡って行くのです。河は線であり、方向即ち正しい真実なる道です。線は幾何を指し、真なるもの、正しきものをさします。その幾何の上を秩序は流れているのです。船は太陽ラーを乗せて、その線上をゆきます。太陽とは生命であり、その秩序の上をいくものです。
先にのべた太陽の娘マァート女神は太陽の目ともいわれ、太陽の進む船に立って進路を見定め、行く手に現われる悪者をやっつけながら、直線なる道、即ち真理と生命と秩序の線上を船を安全に運ぶ者でした。そのマァート女神とは一体何を意味しているのでしょうか。
マートとはエジプトでは『まっすぐであるところのもの』『正義』『真実なるもの』『真理』『実在の真性』『清廉な』『公明正大で明らかなるもの』『不動なるもの』『変化することのない不変なるもの』と言う意味を持っています。以上をまとめて考えますと「直線」ということになります。線ということは真理の別名であります。この秩序の別名であります。
この太陽神なる火(生命)の運行の規定者の能力を持つ太陽の目――マァート女神は天界の貴婦人、地上の女王、そして黄泉の国の女王であるといわれ、彼女は死の審判の広間において正義の化身として、自ら天秤の皿の上に羽毛として現われます。そのマァート女神は女神群の中でも最高の女神であり、審判の広間の立て役者(貴婦人)であり、その広間はマァート女神を象徴する羽毛で飾られています。
ではそのマァート女神の羽毛によって、死者は何を秤られるのでしょうか。正義即ち生命が真に「まっすぐ」であったかどうか。その者は直線の中に生きていたかどうかをはかられます。もしその者が直線の中で生きていたなら復活が許されます。
スポンサーサイト



| エッセイ | 16:58 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT