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無時間と実現

神にすべてをゆだね先行さすことと
高貴 崇拝の神の本質と遊びが遊びとして 
人に関わりなく現れたクリシュナ物語のように

――それと無時間との結合 その四つをいかに結び
いかに神そのものを実現するか

高貴の中に遊びがあるのか
遊びの中に高貴があるのか
また無時間と高貴の関係は――
その結論 いのちの解答がでた

それは無時間とは遊びの 遊びの状態であるが
無時間は人に関わりがあって関わりがない 
その性質を有しているが故に それには温かさがある

生きてあるものであるが故に 
人間との関わり合いにおいて
明るさ 温かさが感じられると同時に
高貴さをもそれは包含する
遊びの遊びもそこから出てくる
無時間は人間に関わり合いがなくて関わり合いがある
高貴も 遊びの遊びも やわらかさも無時間の中に含まれる

無時間は一切を宇宙を蔵している
その無時間になる時 宇宙を包含することが出来る

無時間の高貴 遊び やさしさ 温かさが
宇宙大の明るさがかくして実現される

無時間の謎こそ神実現の鍵である
笑う事も 泣く事も 言う事も 考える事も
神そのもののものとなる
無時間は余裕をもっている

1966.04.28.
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