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詩と神話の関係が分って来た(1)

詩と神話が どう違うのだろうか
これを追跡するもなかなか分らない

何日も 何日も 何時間も 何時間も 
何ケ月も 何ケ月も 何年も 何年も
この作業を続けて来たがなかなか分らない

詩には根源的な詩と 現われとしての詩がある
神話にも根源的な神話がある

現われとしての詩を見る時 それには動きがない
しかし 現われとしての神話には動きがある
しかもそこに遊びがある

遊びと 詩と 神話は根源的に関係し合っている
だが 現われとしての神話の中にある遊びと 
現われとしての詩の中にある遊びと 違うものがある
詩の中にある遊びの方が もっと根源的である

世の中の人々は詩とか 神話とかを簡単に口にするが
本当に 詩と神話を理解していない

今までに 神話を真に理解した人にハイネがいる
ハイネは 神話的物語と「神話」との区別が出来た
しかも彼はその「神話の高み」にまで登っていった

だがここで詩についても もっと考えられねばならない
詩とは 文として書いたもの
それを詩ととらえている人が多い
それは人間の言語となったものだ

「詩」は人間の知性を借りなくても
いたる所にそれはある

そのように神話も 人間の知性や言語のやっかいに
ならなくともそれはあるのである

ところで その詩と神話との関係がまだ
はっきりつかめてこない

言語の世界に入ると
詩と神話は 全然違うものである
だから根本的にも 詩と神話は違う性質をもち
違う構造をもっている

まだ まだ 
これがはっきり分るまでには
長い長い時間がかかるだろう

1989.11.27.

| 1989年 | 10:26 | TOP↑

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透明な角度の中を旅する者

透明な角度の中を旅する者
その者は神話の中にいる者

神話は透明な角度の中を
行く事によって生まれる

遊び 遊びが
そこにある

この世ならぬ 透明な世界
透明な光の角度の中を
旅する者よ

1989.11.11.

| 1989年 | 09:56 | TOP↑

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英雄的合衆国

礼拝 礼拝 透明な礼拝
相対的な礼拝でなく 透明な礼拝

静かに それは
自己と宇宙の本性が開示する
最初の相

静かに両手を合わせてみよ
そこから歌が 踊りが 語らいが始まる

詩人の誕生
開かれたもの 透明なものの誕生である
開きと透明は神の相そのもの

すべての人種を受け入れる合衆国 
それは開きと礼拝の相 そのもの
合衆国が英雄的であるのはその為である

合衆国自らが 詩人であることを認識する時
偉大な詩人が市民の中から
泉の如く 湧いてくる

全ての男女からなる アメリカ
合衆国の未来を歌う詩人たちが

1989.11.09.

| 1989年 | 10:09 | TOP↑

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透明な礼拝は遊び

礼拝 礼拝 
透明な礼拝
礼拝は遊びだ
遊びは礼拝だ

透明の中で遊ぶこと
透明が遊ぶこと
それが礼拝である 

静かに両手を合わせてみよ
そこから踊りが 遊びが始まって来る

そのものの中に突入してくる
礼拝が そこに花開いて来る

1989.11.07.

| 1989年 | 09:59 | TOP↑

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神話は遊びの中から

神話の中で遊んでいる
神話の中で遊んでいる

神話は遊びの中から生まれて来る
神話は遊びの中から生まれて来る

神話の中に遊んでいる
神話の中に遊んでいる 

時間も遊んでいる
流れて来る時間も遊んでいる
空間も遊んでいる

一者の微笑みは そこに輝いている
透明なる一者の微笑みが

1989.11.04.

| 1989年 | 09:12 | TOP↑

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