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線とユーモアの関係は

瞬間の隙間をねらって 点が飛び出す
点は 時間の懐で線となった

その線が躍動の生きものとなった
線はほほえみ踊りだし 舞い始めた
こうして線は平面となった

その平面は更に上下左右に 踊り始めた
立方が出来た
永い時間が過ぎ去り
その立方は 平面となった
そして更に線となり 点となって消えてしまった

……永い年月 時間がたった
線と平面と立方体がまた現れて
舞い始めた
その舞はオチャメの舞 踊りであった

この宇宙には 完全な有も無も無いのである
それらはすべて踊り 舞い続けている
有るのは オチャメの舞だけである

2001.03.26.

モンテ(ハイスクールのカウンセラー)からの質問
「線とユーモアの関係について話して教えてほしい」
に霊感をもって彼に答えたときのもの

| 2001年 | 21:03 | TOP↑

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無意味のゆりかご

自分たちの頭の中に入っている合理的な知識を捨てないかぎり
人は踊ることは出来ない

合理は時間と因果に支えられている
これによって人は自らを縛りつけ
一見賢そうな顔をよそおっている
聖者とよばれる人さえ賢そうな顔をしている

ところが 言語と窮屈な合理によって作られた
賢そうな顔というのは良くない
反対にアホのような顔にならないと
躍動はやってこないのだ

私が昨年12月23日 ランバージャックという店に
材木を買いに行った時のことである
私の車に注文した材木を積んでくれた若い男がいる
私はサンキュウと言って その男の顔を近くで見てびっくりした

賢そうな顔ではない アホのような顔であった
欲にまみれた知識が 頭の中に全く入っていない顔だ
言語と合理に全く毒されていない顔だ

私はその知と論理をこえたアホの男の顔に魅せられて
しまったのである

私も今までは賢くなろう なろうと励んで生きて来た
しかし私はその男の顔を見た時
その考えがひっくり返ってしまった
頭の中に知識を一杯入っている自分は
悪い人間だと分かったのだ

私はこういう顔をもった人間に出会ったのは
始めてであった
その顔は私にとっては鏡だった
鏡を見て 遅まきながら
始めて己の姿を理解したのであった
そして人間は 知識を超越して輝くこのような顔を
もつ必要があることを実感した

そこで私は
どうしたら 頭の中の知識を捨てられるか考えた
自分の中の合理性を やっつけられるのか考えた

合理は因果性 つまり一方向だけの時間の方向性
によってかつがれているものである
それを超えるためには
宇宙の大きな無意味をもってこなければならない
そこでひとつのアイディアを考えた

椅子に座って 無意味のゆりかごを考えて
揺すった
そのゆりかごで揺すっていると 頭からだんだん合理が
遠のいていった
合理に疲れ緊張していた魂が
解き放たれて来たのである
そしてさらに 右に左にゆれるその形の構図は
時間の一方的な方向性を打ち消したのだ

合理の知識があちらに行って 
あちらがこちらに入って来て入れ替わる
緊張も束縛も揺れの中で崩れてゆく

それが本当の状態
これが無意味の宇宙
意味付けされた宇宙があちらへ行ってしまって
無意味の宇宙がこの中に入って来る
それが本当の人間である

2000.03.27.

| 2000年 | 23:53 | TOP↑

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時間も踊る無意味の宇宙

人類は一万年間 間違った道を歩んでいる
それは言葉を創ったことによる

一万年前は言葉をもっていなかった
その時 人は太陽とも月とも大地とも人間 
樹々とも石とも皆一つだった

ところが人は石 人 月 私 あなたと
いろんな言葉を創った
そのため これは私 月 太陽 石 と分れてしまった
そこから人は 間違った考えがおき 
苦しみをもつようになった

そして終いに自分中心の人間になって 
自分を守ることだけが大事になった
存在物との詩的で神話的つながりは消え
自己を守る事だけが中心となり
自分以外のものに恐れをもつようになった

そして多くの聖者たちが
それらの人々の悩みを除こうと多くの教えを説いた
その教えというものは 言葉と合理によって
意味付けされたものであり
それを理解するよう強いられてきた

そして歴史を通じて 代々強いられてきたものが
人間の理性となった
理性は原因と結果の因果律を導き出し
人はますます行為に縛られていった

原因と結果の観測によって
科学の発見はなされたが 
それは宇宙の表面的なことを見つけただけである
科学者のほとんどが宇宙の表面を見ているだけである

過去から未来に進む時間というものにおいてのみ
因果律や科学は成り立つ
その時間の奥に何があるのか
その奥には意味付け出来る世界を超えた無意味の宇宙がある

例えば時間は矢のように一定方向に走るように思われているが
本当はそうではなく
前にいったり 後ろにいったり自由に動く
時間ひとつでも止まった時間というものもなければ
一つの方向というものもない
そのように宇宙の深層というものは 我々には計り知れない

宇宙の知恵は謎に満ちている
そのような宇宙に存在する人間には
意味付けた世界は崩壊してしまうのだ

ところが人間は一万年間 強いられた理性に
よって こうあるべきだと言い続けて来た
そういうものに人間が縛られて来た
人間は一万年間 言語によって 
理性によって 意味付けた教えによって 
自由を失って来た

それをよく認識することだ 
そうすると 自分の中からそういうものを
破つ力が湧いてくる
その力が躍動と踊りとなる

無意味が踊りを導き出す
そこでは 過去と未来の両手を繰り出しながら
時間それ自身も踊り出す

2000.03.26.

| 2000年 | 23:51 | TOP↑

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あいさつからオチャメが現れる

オチャメという言葉は
天啓として授かったものである
もしこのオチャメという言葉が降ってこなかったら
私は永遠に思考の世界から抜けられなかったことであろう

オチャメが神話実現の大いなる鍵であることは確かだ
だから どうしたら自分の中から
オチャメが出てくるか
どのようにしてオチャメになろうとかと
一生懸命考えた
そしてまた思考の世界に入っていってしまった

自分も小さい時は
オチャメだったとよく覚えているし
自分ばかりでなく回りの子供もオチャメそのもの
であった
だから子供時代を思い出し
オチャメになろうと試みたのである

しかしそれは間違いであった
それは作為的であるから
オチャメになろうとしても なれるものではない
オチャメは自然に内から湧いて来るものなのである

そのようにオチャメになろうとして
なりきれない自分があった
そこに満足していない自分があった
自分の内にそういう人にいえない苦しみをもっていた

そんな中 或る日マーケットにいった
あるアメリカ人の男性と眼と眼があった時
その人が私の顔をみて心の底から
ハーイとあいさつをしてくれた
そこで私も 心の底からハーイと言えたのである

私の内から本当のあいさつが出て来たのである
その時に私の身体に一つの変化が起こった
そのあいさつをした時 私の顔が
なろうと思わずにオチャメになってきたのが
分かったのである

オチャメのバイブレーションが身体の中から
響き始めたのを実感したのである
それでオチャメになるためにはあいさつが
必要だと分かった
しかしこの時のあいさつは
普通のあいさつではなかったのである

あいさつということは 誰でも知っている
普通のあいさつ
それは人と人が相対的にあってするものである
人との関係を円滑にするという目的をもって
なされるものである
それと違ったあいさつがある

あいさつする人と人のその間に
あいさつという生きたものがあるのだ
人と人の間にある真実のあいさつ
このあいさつをすると自分が消え
あいさつを交わした相手も消えてしまうのである

さらにこのあいさつは 相手が人の場合だけでなく
全てのものとの間に あいさつがあることがわかった
そしてそのあいさつにふれた瞬間
意味のある世界が みんな消えてしまうことを発見した

自分があるかぎり 人は意味のある世界を立ち上げて
しまう
つまりそこで宇宙を 自己に都合のよいように
意味づけてしまうのだ
しかし本来 宇宙は意味のある世界は何もない無意味の
世界である

そこではあらゆるものは 全てあいさつによって存在している
あらゆるものはあいさつによって衝突して消え
又現われる
世界はあいさつによって成り立ち
あいさつによって動いている

そのあいさつが動き出す
そこにオチャメが現われて来るのであった

宇宙からエネルギーが自分たちの中に入ってきている 
入ったものは また出ていく
自分が見ている対象にも 同じく宇宙からエネルギーが
来ている 
それもまたそこに入ったものは出ていっている
この循環作用 折り返し構造の中に
オチャメは潜んでいたのであった

アメリカに詩人のホイットマンがいた
ホイットマンは朝窓を開けて
そこに咲く朝顔の花を見て
これ程うれしかった事はないといっている

彼はそこに「あいさつ」を見たのである
朝顔の花が 彼にあいさつをしているのを感じた
詩人はそのあいさつを見逃さない
それをとらえる意識神経があるのだ
そこにあるあいさつを見付け
詩人はそれによってオチャメをつかむである

これが分かると我々も詩人になるのである
ここから自分の中に大きい変化が起きるのだ

詩人は全てとあいさつすることにより
宇宙はオチャメにあふれていることを知る
そして彼はそこから
宇宙の讃美の歌を途切れることなく
紡ぎだすのである

2000.03.23.

| 2000年 | 00:13 | TOP↑

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無意味の笑い

宇宙には限界がない
宇宙の奥は
意味のない世界
その意味のないものこそ 
限界のないものをつくれる

今までの人類は
意味のある世界をつくってきた
理性と理論を駆使し
結論を出すこと 答えを出すことに
努めて来た

答えを出すことは 限界をつくることである
限界のある世界は必ず行き詰まる
そういう牢獄の中に 人間は入っていった
自ら作った牢獄の中に入っていった

われわれのこの宇宙は牢獄ではない
それは意味づけ出来ない非合理の世界
そこには ほほ笑みがある

無意味には笑いがある
無意味の笑いが見つかったのだ
それがオチャメの笑いではないだろうか

2000.03.20.

| 2000年 | 19:27 | TOP↑

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