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神酒なる数式に酔う

人は形相という牢獄へ入っている

その形相とは 人間という形と

そこから出てくる相対意識という相を

もっている

その相は心というものでもある


人間としての形相と心

その二つの牢獄の中に 今まで長い間

いたのだ

それが数式で 自己なるブラフマンを

示すことが出来てから

人間という形を破ち 

そこから抜け出す事が出来た


そして今夕 その数式という神酒で

酔い始めたのである


その酒とは数式そのものである

1-1=0 0=1-1

その数式なる自己の本性 自己そのもの 

ブラフマンそのもの

その神酒を飲んで酔い心地になっているので

ある


これ以上のものはどこにあろうか

これ以上のものはどこにも

見つけられる事は出来ない


これによって

酒をのむ桃の節句やなあと小鳥が

いった通りになった

酔っている者 オチャメとはそれだったのだ


これから毎日

このお酒を飲ませてもらおう

酔い心地になって 時には一人で

舞う事も起きるだろう


生きてある者がいた 

一人生きてある者がいた

それはブラフマンである


彼は一人で息をしていた

彼は一人で舞を舞っていた


彼は生きた者 神酒に酔う者

舞いながら

金を振りまく者であった


2004.03.05.

| 2004年 | 10:58 | TOP↑

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合理の奥に息づくもの

詩と神話がさらにわかってきた


詩は主体性のないもの 

自己を持たないもの

そこにあるもの


木も 夕焼け空も うさぎも

動くものも 動かないものも

自己を持たず

そこにあるものは

全て詩である


山が詩である

大河が詩である

宇宙そのものが

一つの詩である


宇宙の基なる破壊 保持 創造の三角構造

その構図に入っていく時

自己は消える

そこで人は詩になる


神話はあるもの

さらに奥にあるもの  


合理の世界の奥に

さらなる非合理の世界があるように

詩の世界の奥に神話が息づく

 
「火は その古里なる水に帰っていった」

「松は葉っぱと葉っぱを ふれ合わせて子供を生む」

「僕はワニの眼の中から生まれた」


文学さえ追い付けない程のものすごい世界

合理を突っ切ってぶつかる究極の果て

非合理の遊戯


人類はいつ この果てをつかむので

あろうか


1995.11.23.

| 1995年 | 00:12 | TOP↑

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寄せ付けない

寄せ付けないということに

徹底したら 何事にもひっかからず

冗談が言えるようになる


この宇宙のいかなるものにも

関係がなくなる

関係をもっていると

現れでしかないこの自己が 消えることがない


寄せ付けない

宇宙の何ものも寄せ付けない者は

全てと供に住み しかも 

全体の中に在る何者とも関係を

もたない 


寄せ付けない

これが大先決だ

そしてそこに

すべてをつくり出す者として

つっ立つのだ


白紙の憲章を持つ者として

宇宙からも

独立するのである


寄せ付けない者は ほほえみをもつもの

贈り物そのもの

それは 時間の噴出口


雲が黙々動き 形を変えて行くように

色と形が舞台の上で踊る

劇をしきる


現実とは 組み合わせの演戯

その演戯に徹すればよい


組合せとは 与えられた運命 

運命を変えようとするのでなく

演じきれば良いのだ


役は与えられるもの

勝ち取るものではない

人よ 

ただその与えられた役を

演じきれ


1995.11.26.

| 1995年 | 00:11 | TOP↑

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線に酔う

景色とは 見るものではない

景色とは 眺めるものではない

景色とは ともに酔いしれるものである


ピュアーとはどんなものか

ピュアーとは 酔いしれることである

酔がまわった状態をピュアーという


線に酔うのだ

線に酔うのだ

線は人を酔わしめるものだ


会話がはじまる

オチャメの会話が

全世界の秩序が ここで輝いてくる


2002.01.03.

| 2002年 | 13:10 | TOP↑

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瞬間と生命の間には

無知の深淵に目を向けよ

そこに幾何学の世界が……一本の線が見えてくる 

その線はオチャメで舞い踊っている 


ハイデッカーは その線を「開き」ととらえている

開きの角度は 未来を約束する

瞬間瞬間における新しい人間生命と

天界及び地上の刻一刻をつくり出すのである


アインシュタインは

時間と空間は一対であるといったが 

私は更に 時間は生命と一対であるという

しかもその生命は 刻一刻の連続するものなのである

刻一刻こそ輝ける芸術の花が 作品が 生命がつくられる


エジプトも時間と生命の秘密を知っていた

それらをつなぎ止める幾何学 

即ち線でできている宇宙構造を知っていたのである


エジプトの太古の人は 

瞬間瞬間と生命の関係の中に 

命と宇宙の連鎖の中に一本の線を登場させ

生命そのものを動かす深淵なる構造を

発見した

そこにエジプト人は幾何学を知っていた最初の

人であるといわれる由縁がある


彼等はその線の哲学 線の幾何学をもって

それを生の根本と知っていた

現代人は命の線という命の泉を忘れきっている

エジプト人その線を生命の土台とした文明人だった


生命は瞬刻瞬刻つくられて 軽やかに舞い踊るかのように

天から舞い降りる白紙のように

零と線と立体を画きながら

それは舞う


過去と現在と未来のなかで舞う

根源だけが偉大なのではない

根源だけが創造の源ではない

ビッグバンが一度だけあったのではない

完全な無も 完全な有もない


インドのリグヴェーダには

光がななめに走った そこから宇宙が創造されたとある

インドでも 宇宙は非平衡系という系

つまり線ででき上っていると言っているのである


線と秩序が宇宙を支えているのである

エジプトの絵画の謎もここにある

それがエジプトの横向きの人物画の画法である

それは彼等は立体を見なかったということである

立体を見ても 

そこにある見えない線を

描くことができたのである


即ち彼等は平面の中に立法を

立法の中に平面をみることができた

私はそれを昔から平面立法の世界があるといってきたが

その平面立法の世界をエジプト人は見つけていたのである


そして更に線の秘密に彼等は迫っていった

線は無と有の中間帯であるということを

その幾何学を知っていた


そして完全なる無も完全なる有もないことを知っていた

そしてそれが神話の入口であり

出口なのである


2001.10.14.

| 2001年 | 13:17 | TOP↑

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