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カバ賛歌

カバは宇宙が生まれる以前のもの 
知が生まれる以前のもの
人は知が入ると 小さくこせこせしてくる

カバは堂々 ただただ堂々
カバには損得もない
中身なんてないんだ

視線を上に あらぬ方向に向けて
あらゆるものを超えて
どう思われようと無関心
自分に関して無関心

特に何しようとするでなく
なんの無理も かけらもなく
自然の姿が堂に入っている

何があろうと逃げ隠れする理由もなく
態度も無感心
ただただ堂々と立っている

言いたいものには言わせておけ
そんなことにも無関心
意味ある言葉の洪水は
頭の上を行き交いて 何の効力も見いだせず
あてがはずれて霧散してゆく

カバは自由 カバは自由
求めがないから カバはゼロだから
カバを通るとすべて消されてしまう
価値が消えてしまう

宇宙は笑っている
カバの笑いを笑っている
宇宙はゆれている 
カバが大きくゆれている 
はずんでいる

2001.06.15.

| エッセイ | 16:43 | TOP↑

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生きよ 宇宙時間の中に

全ては宇宙時間を持っている 
木 樹々 山 草々 水 空気
その他それら全ての物は
宇宙時間を持っている

その時間はゆったりとした長い波長を
持っている
その宇宙時間を人も持とう
それを自分のものとしよう

すると動作もゆっくりとなり
言葉づかいもゆっくりとなる
すると人は助かる

だのに人は人間時間を造って
短い意識波長を造って
短い緊張した動作と言葉を使い
生きている

自分の中にある宇宙時間に帰ろう
時間のウェーブこそが
人間を助けてくれるものである

幾何学的な構図がそこにある
それが人間を助けてくれるのである

それに気づかず人は
合理の意識世界を造り
人と社会を整えようとした
それでは人は永遠に救われない

経典 聖典……神 神々 
人の救いはそこにはない
美術 芸術 文学 
これらはしばらくの間 人間を楽しませてくれる
しかし 根本的なものではない

人間そのものが根本的に元に帰らねばならない 
幾何学的な世界に

宇宙は長い時間の中に生きている
人間は短い時間の中に生きている
そして人間は感情と知識の中で生きている

人は花を美しいとして愛でるが
その花の中に入っていない
花やその他の長波の時間に語りかけてみよ

それらと一つになって
もっと違った宇宙意識が出て来る

幾何学的な時間がそこにある
オチャメと神話がそこから出て来る

1999.02.03.

| エッセイ | 11:31 | TOP↑

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音楽を呼び込め

言葉をできる限り少なくする
言葉という水桶の穴を塞いで
言葉のもつ可能性を放ること

言葉を出すと自分が出る
それが相対構図を造り出す
この世の舞台が現われる

言葉をストップせよ
言語を返上せよ

元に返すことは しようと思えば
いつでも出来ることだ 
そして代わりに音楽になれ
微笑みを持て 

神示にあった音楽になれとは
このことなのかも知れない

まず実行することだ
言葉を止めたら
宇宙の音楽が入って来るのだ

1998.04.08.

| エッセイ | 10:19 | TOP↑

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太陽暦の時間から独立せよ

太陽暦の時間から独立して
無限の時間 宇宙時間の中に住め
ここで人は宇宙に抜きん出て立つ

自分で自分を奮い立たせよ
人は本当は 神話ばかりの中にいるのに
受け身で他に要求していたのでは
それが見えない
幸せを逃してしまう

スイッチを切り替えよ
自らが自らへの与え手になれ
創造する者よ
汝は時の創造者なのだ 

勢いがエネルギーを創る
エネルギーが固有の時間を創る 

その時 時間は独立する
おお 目覚めたる宇宙時間よ

1994.11.26.

| エッセイ | 10:03 | TOP↑

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映画に見た神話的な青年

最近テレビで「アフターショック」という映画を見たのですが、ニューヨークが大地震に見舞われる内容の映画です。
むろんビルが壊れ、人々はその下敷きになり、大混乱に陥ります。これが平屋ならこれほどの打撃は受けなかった事でしょう。近代は経済の繁栄を誇りとするためか、やたらと高層ビルを建てたがります。

高く上がったものは、いつかは地に落ちる。大きくなったものは、いつか潰れる。栄えたものは、いつか滅んでしまう。だから栄えようとしないことです。

幸いなことに今、日本では貧乏でも、心が豊かな生活をしよう、儲けるのでなく役立つための企業を興そう、もう儲けるという言葉にはひっかからないぞ、といった立派な考えの人々が増えているようです。

「アフターショック」の映画について言いたい事は、あれよあれよと必死になって逃げる人々、建物の下敷きになっている人を助ける人々……それらの人々が神経をとがらせて、うろたえております。
ところがその中に一人だけ、神話的な人物がその映画の中に登場します。それは、他の国からニューヨークに3ケ前に入って来てタクシードライバーの職を見つけた青年です。

彼は大学では数学を専攻しており、立派な学歴を持っている青年ですが、他のニューヨークの人のような意識の荒い波動でなく、きびしさを全然持たない人でした。
この人の中に神話的な波動を見ることが出来ました。おっとりしていて善良で悪気の少しもなく、この厳しいニューヨークの経済社会の中で探しても見当たらないような、すれていない青年です。

この一人の青年が画面に現われて来るたびに、救われる思いがします。
人を安らかにする人、こんな人が自分の目前にいてくれたら、それは夢のような出来事であり、神話的なやわらかさ、やさしさを味わえて幸せになれるだろう……と思えるこんな青年を、このニューヨーク大地震の大混乱の中に登場させたことは、この映画の素晴らしいところですね。

神話が大切だと私がいつも話していますが、それを聞いた人から(ではその神話的な人とは、どんな人のことを言っているのか、何を見本にすれば良く分るのか)といった質問が来そうですが、ぜひこの映画を見て下さい。そこに見本となる人が現れて来ます。

しかしこの青年は神話的でありますが、皆さんの近くでもそれに似た人がいるかもしれません。人の心を和らげてくれる人、荒々しい言葉づかいをしない人、大きな声を出さない人、自己を売り込むための大宣伝や大声で熱弁をふるって人の気を引くようなことをしない人。

それにもうひとつ大切な要素があります。それは欲がないという事です。自分の利益の為のみに動くようなことをしません。持っている物でも、お金でも他の人々に与えます。

経済のあるこの社会において経済をなくすことは出来ません。しかし経済の中で、神を実現することは出来ます。神というより、人間としてあるべき姿を実現することが出来るのです。

| エッセイ | 16:36 | TOP↑

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